人間のひたむきな気持ちや信頼、誠実さ…
様々な美しい思いが詰まった『ラーゲリより愛を込めて』

生きることを諦めない、そう説き続けた山本幡男という男

冬はマイナス40度にもなる極寒。ソ連・シベリアの強制収容所「ラーゲリ」でろくに食事も与えられず、重労働に従事させられながら故郷を思い、家族を思って日本に帰れる日を待ちわびた日本人抑留者たち。その中に、ロシア語が堪能で、それゆえにスパイと疑われ、長い刑期に苦しみながら仲間を励まし続けた山本幡男という人物がいた。

山本をはじめ、生きる希望をつないだ人々の姿を綴った辺見じゅんのノンフィクション小説「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」を基に、『菊とギロチン』(2018年)、『護られなかった者たちへ』(2021年)などの瀬々敬久監督が映画化した『ラーゲリより愛を込めて』(2022年)。主演を、『硫黄島からの手紙』(2006年)に出演しクリント・イーストウッド監督から演技力を高く評価された二宮和也が務めている。

戦場で友を亡くした心の痛みから自らを卑怯者と思い悩む松田研三(松坂桃李)、昔ながらの帝国軍人気質で、柔軟な考えを持つ山本が許せず厳しく接する相沢光男(桐谷健太)、拾った子犬のクロを可愛がり、明るい性格で周囲を和ませる元漁師の新谷健雄(中島健人)、過酷な状況下でもきっと帰れると希望を失わない山本の言葉に耳を貸さず、心を閉ざす山本の同郷の先輩・原幸彦(安田顕)…。絶望と苦しみのあまりすべてを失いかけていた多くの抑留者たちを山本は勇気づけ、希望の灯をともしてこう励ました。

「生きる希望を捨てないでください、ダモイ(帰国)の日はきっと来ます」

希望を胸に生き続け、収容所生活も8年を過ぎたある日、ようやく許可されて、妻・モジミ(北川景子)からのハガキが届く。そこには「あなたの帰りを待っています」と書かれていた。帰国の日は近い──と、自らを励ます山本だったが、その時、彼は重い病に倒れてしまう…。

諦めない心が生んだ、家族への「遺書」

二宮を囲む、近年の日本映画界を実力で背負う桐谷健太や松坂桃李、中島健人、安田顕らの気合いの入った演技がドラマに厚みを持たせ、熱い感動を生み出しているのが見ものだ。そして、山本を励まし続けた4人の子どもたちを女手一つで育てるモジミの思い。戦後の混乱を夫の帰りを待ちながら必死で生き抜く気丈な妻を、北川景子がしっとりとした演技で見せている。

また、舞台になるシベリアの収容所のオープンセットは新潟県の山間にある1万平方メートルの土地に建てられ、収容所の門から柵や小屋などはすべて抑留経験者の話を聞いて作られたという。深い雪の冬や故郷で見るのとは違う緑の木々。白樺などの木材は北海道や群馬県などから取り寄せられ、抑留された人々の見た情景を再現したのだそうだ。

ソ連に連行された日本人抑留者は約60万人にのぼり、そのうち約6万人が亡くなったと言われている。そんななか山本は、家族との未来を考え、「生きて帰ろう」という思いで我が身を励まし、そうすることで周囲の人々にも「生きて帰りたい」という思いを起こさせた。しかし、山本自身のこの思いは諦めなければならなくなってしまう。彼によって周囲の仲間たちが生きる希望を抱き始めた時、山本にはもう時間がない、という皮肉な事態が訪れたのだ。

時間がない。それならば、妻と子どもたちにはどうしても伝えたいことがある──そんな山本の気持ちは、これまで彼を見てきた仲間たちには痛いほど伝わり、せめて遺書を書かせようと決意させる。だが、収容所からの手紙の持ち帰りは禁じられている。ではどうすればその遺書を山本の家族に届けられるだろう。本作はそこに目を向け、山本の仲間たちがこの難問を乗り越えようと突き進んでいく姿を、丁寧に描き出していく。

人間は一人一人それぞれに違うが、善意や他人への思いやりは誰もがきっと持っている。そんな思いを込めて生まれたのがこの『ラーゲリより愛を込めて』なのだろうと思う。人間のひたむきな思いや信頼、誠実さ、様々な美しい思いがこの物語には込められている。

文＝渡辺祥子

渡辺祥子●1941年生まれ。このところ英国ナショナル・シアターの舞台を撮った映画が面白く、今年のトニー賞を受賞した「レオポルドシュタット」がステキ。でも『ミッション：インポッシブル／デッドレコニング PART ONE』も良かった。トムさま最高です！日本経済新聞、中日新聞、ぴあなどで映画評を執筆。

＜放送情報＞
ラーゲリより愛を込めて
放送日時：2023年8月13日(日)10:00～、15日(火)17:45～
チャンネル：WOWOWプライム

ラーゲリより愛を込めて
放送日時：2023年8月12日(土)20:00～、20日(日)10:00～
チャンネル：WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります