近未来を舞台に、記憶潜入を繰り返して失踪した恋人を捜す男の物語が描かれる『レミニセンス』

伝統的なノワール映画の概念を大胆に再構築…
記憶への潜入を描く『レミニセンス』の独自性

2023/06/26 公開

国境での被害甚大な戦争を経た、近未来のマイアミ。退役軍人のニック・バニスター(ヒュー・ジャックマン)は、戦時中の尋問装置を流用した記憶喚起マシンを使い、顧客に輝かしい思い出を追体験させるビジネス「レミニセンス(記憶潜入)」を営んでいる。それは現実逃避に絶大な効果を発揮するが、依存度が高く、利用者は記憶のループに陥り正気を失う危険性を孕んでいた。未来への希望は潰え、代わりに誰もが「過去」に救いを求めていたのだ。

退役軍人のニックは記憶に潜入できる装置を使って、顧客が望む思い出を追体験させていた

主人公を幻惑し、ドラマを先導していくファム・ファタールの存在

2021年公開の映画『レミニセンス』は、この終末的なディストピアを舞台に、謎に満ちた女性の行方を追うSFサスペンスだ。ある時、一人の女性がニックのもとを訪れる。メイ(レベッカ・ファーガソン)と名乗るそのクラブシンガーは、大事な鍵を無くし困惑していたのだ。装置をもってすれば行方はわかると、彼女の依頼に応えるニック。しかし探索の過程で、ステージに立つメイの歌声に郷愁を覚え、彼はこの女性に強く心を惹かれていく。

いつしか2人は親密な関係になるが、ある日、メイはニックの前から忽然と姿を消してしまう。いったい起因がどこにあったのか、彼はレミニセンスで必死になって探ろうとするも、同僚のワッツ(タンディ・ニュートン)からループに陥る危険性を警告されてしまう。

ニックは姿を消してしまったメイに心を囚われ続けてしまう

そんなレミニセンスは犯罪を調査し、解決するためにも用いられており、ニックは検事局に出入りしていた。そこで悪名高き麻薬王セント・ジョー(ダニエル・ウー)の取引実態を売人の記憶から引き出そうとした彼は、現場にメイの姿を視認し愕然とするのだ。

装置を使って何度も記憶への潜入を繰り返すニック

自身が心を奪われ、追い求めた女性は犯罪に関与していたのか?本作の監督であるリサ・ジョイは、幼いころに両親が出かけてしまうと、ベッドに潜り込んで古い映画を観ていたという。とりわけ魅了されたのが「ノワール映画」で、それは神話と同じように私に語りかけてきたのだと述懐している。

『レミニセンス』はそんな伝統的なノワール映画の概念を、彼女なりに再定義しようとする姿勢から生まれたものだ。同時にこのジャンルを代表する要素として知られる【ファム・ファタール】というキャラクター造型を踏まえることで、ノワール映画に対してあらん限りの忠誠心を見せている。主人公を幻惑し、ドラマを先導していく「悪女」の存在―。本作のメイもそんなファム・ファタールの役割を担い、ニックを幻惑し、そして物語が持つ暗黒の側面へと主人公を巻き込んでいく。

メイの存在がニックを暗い世界へと引き込んでいく…

ディストピアと化した世界で広がる持つ者と持たざる者の格差

また舞台となる世界も、ノワール映画に相応しい不健全な設定が特徴的だ。未来戦争がもたらした混乱に加え、気候変動に伴う沿岸水域の上昇によって都市は水没。そんな劣悪な環境下で、一部の富裕層が浸水されていない土地を占有し、市井の人々は生存を圧迫されている。映画はこうした、異常環境がストーリーに密接に機能するようアプローチしている。人々が未来に背を向ける氾濫後の世界は、希少となった土地を擁する資本家たちの搾取を横行させ、ニックの意中の人であるメイを事件へと巻き込む要因を作っていく。

海面が上昇し、水没した近未来のマイアミ

一方で「記憶」という要素も、この『レミニセンス』のサスペンスとしての濃度をしっかりと高めている。本編においてオンタイムで進行している事象は、はたして現実のことなのか、それとも記憶の再生なのか?このようにノンリニアにして錯綜する構成が、観る者の足場を容赦なくぐらつかせるのである。

記憶の奥深くへと堕ちていくニック

ハードなSF的外殻をノワール映画にコーティングさせ、クラシカルなジャンルをアップデートに導いた『レミニセンス』だが、作品の最後は純心なラブロマンスへと帰着していき、そこはジョイ監督の、女性としてのロマンシズムをしっとりと感じさせる。男性的な硬質さの中に繊細さを併せ持つ、こうした構えはジャンルを越境するだけでなく、作り手のジェンダーイメージをも超えていく。それはノワールやSFとも価値を異にした、この映画ならではの独自性だ。

文=尾崎一男

尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
レミニセンス
放送日時:2023年7月8日(土)20:56~、9日(日)12:45~
チャンネル:ムービープラス

※放送スケジュールは変更になる場合があります

▼同じカテゴリのコラムをもっと読む

伝統的なノワール映画の概念を大胆に再構築… 記憶への潜入を描く『レミニセンス』の独自性

伝統的なノワール映画の概念を大胆に再構築… 記憶への潜入を描く『レミニセンス』の独自性

##ERROR_MSG##

##ERROR_MSG##

##ERROR_MSG##

マイリストから削除してもよいですか?

ログインをしてお気に入り番組を登録しよう!
Myスカパー!にログインをすると、マイリストにお気に入り番組リストを作成することができます!
新規会員登録
マイリストに番組を登録できません
##ERROR_MSG##

現在マイリストに登録中です。

現在マイリストから削除中です。