両手がハサミの人造人間・エドワードのせつない恋を描く『シザーハンズ』

鬼才、ティム・バートンの作家性が色濃く反映された『シザーハンズ』
アウトサイダーを取り巻く生きづらさと理想的な女性との恋

2023/07/03 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第28回に登場するのは、『シザーハンズ』(1990年)。『バットマン』シリーズや『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)のティム・バートン監督が描く、せつないラブ・ファンタジーの名作だ。主演を務めるのは本作以降、現在までにバートンと計8度のタッグを組むことになるジョニー・デップで、ヒロインは当時デップの恋人だったウィノナ・ライダーが演じている。

とある発明家の博士に生み出された人造人間のエドワード(デップ)。しかし、完成直前に博士が急死したため、彼は両手がハサミのまま人里離れた丘の上の屋敷で孤独に生きてきた。そんなある日、化粧品のセールスで屋敷を訪れたベグ(ダイアン・ウィースト)と出会い、親切な彼女に家に招かれ一緒に暮らすことに。ハサミを使った特技で町の人気者になったエドワードは、一家の長女・キム(ライダー)に恋をするが、両手がハサミのために彼女を抱きしめることもできなくて…。

エドワードを演じるのは個性派俳優の道を突き進むことになるジョニー・デップ

鬱屈したティム・バートンの青春時代を反映した(?)物語

松崎「DVDのコメンタリーなどで、ティム・バートンが自身を主人公に投影していることを認めていました。黒ずくめの格好をして髪ももじゃもじゃで、どう見てもバートン本人なのに劇場公開時には認めていなかったんです。登場人物すべてにモデルがいる、つまり彼の青春時代を描いた物語で、ある意味一番作家性が出ているし、最高傑作だなと改めて感じました。昔も感動したけれど、今観てもすごくいい映画だと思いました」

小川「アウトサイダーものの原型で、主人公がピュアな青年でありながら、暴走したりタイヤをパンクさせたりするような人間味ある部分も描かれています。子どもの頃に観た時の方がもっと感動したと思うのですが、それは私が大人になった証拠なのかなと(笑)。当時の方が自分のことを異端者だと思っていたので、より共感できたのかもしれません。キムの恋人でアメフト部の選手でもあるジム(アンソニー・マイケル・ホール)が、高圧的で意地悪なアメリカの白人の典型という描かれ方をしていて、『なんなのこの人?』と思った記憶が鮮明に思い出されました」

松崎「町の設定もバートンが生まれ育った場所が反映されているようです。カリフォルニアのような燦々と太陽が輝くところが大嫌いだったみたいですね」

小川「オリヴィア・ワイルドの『ドント・ウォーリー・ダーリン』の中で描かれていたものに通じるコミュニティ感があるなと思いました」

松崎「白人が多く、同調圧力が強い社会ですね」

小川「家父長制社会で生きる女の人たちのフラストレーションがすごく溜まっている。その様子がかなり誇張されているのにはちょっとモヤっとしましたが。警察がまだ弱者に寄り添う存在として認識されていることにも時代性を感じました」

松崎「黒人である彼も結局はよそ者扱いではありますよね。小川さんも触れていたように、アウトサイダーの話です。コミュニティに一瞬受け入れられたように見えて、最終的には疎外されるという…。公開当時、ラスト近くでの悪役の懲らしめ方には疑問の声も上がりました。ジムはイヤなヤツではあるけれど、そこまでの制裁を受けるべきなのか?という声もたくさんありました」

小川「人間自体、凶器になりうるという危うさが描かれていますよね。だからこそ、たとえ自分を守るためでも武器を持つ必要はないのだと改めて思ったりもしました」

松崎「それもありますよね。あとはやはりバートンの考えというのかな?(高校時代が)殺してしまいたいくらい憎らしい思い出だと表現したかったのかと」

小川「自分をいじめた人への復讐の映画になっているわけですね」

松崎「監督としてある程度成功してから、バートンは地元の同窓会に参加して、自分をいじめていた人たちに対して『やった!』と優越感を感じたそうです。そんなことを公然と口にしてしまうところも、彼のすごさというか、面白いところですよね(笑)。でも、そのくらいつらい経験だったのかと」

小川「特に、バートンが10代だった頃は、スポーツが得意な人たちがヒエラルキーの頂点に立っていて、バートンのようなオタク気質な人たちは相当に肩身の狭い思いを強いられていたでしょうし。エドワードみたいな個性的なキャラクターは、今だったらかっこいいとされる気がします」

松崎「そうですね。いわゆるナード(=オタク)な人たちが生きる術がない時代の話という印象が強いです」

小川「そのいじめられた者たちのカタルシスが最後のシーンにつながっていそうな」

松崎「ある種、バートンの夢なのでしょう。彼の父親は元マイナーリーグの選手で、死ぬ直前に和解はしたものの、あまりいい関係とは言えなかったようです。外で遊びたくもない、友だちもいないのに学校から帰るとキャッチボールをさせられるという、バートンにとっては地獄のような子ども時代だったとか。エドワードの生みの親である発明家役に怪奇映画のスター、ヴィンセント・プライスをキャスティングしたのも、プライスが子どもの頃からずっと憧れていた人で、かつて『ヴィンセント』という短編映画を作るほど熱狂的なファンだったことも理由みたいですね。ますます、本作がバートン本人の物語という見方をするのが自然に感じてきます」

小川「監督が自身を映画の主人公に投影した作品はよく目にしますよね。若い頃にスポーツをやっていなくて、いじめられて…みたいな」

松崎「アメリカほどじゃないにしても、日本でもスポーツができるとそれだけで人気が出ちゃうようなことありますね」

小川「だからなのか、ホームとなるエドワードが暮らす一家の人たちの眼差しはすごく優しい。理想的な家族として描かれています」

アウトサイダーの生きづらさを描く役割を担ったエドワード

オタク男子にも理解を示す、バートンの理想を体現したキムのキャラクター

松崎「そしてなんといってもジョニー・デップ演じるエドワードです。見た目はハンサムだけど、思考的にはバートンにすごく近いところもあって。本作で相性のよさを感じて、のちに計8作でコンビを組むことになるわけです。エドワード役でデップの演技パターンの一つである、白塗りであまりしゃべらないバスター・キートンのような演技が生まれます」

小川「私は子どもの頃からデップのファンだったので、この作品でも巧みな表情の演技に引き込まれました。あまりしゃべらないけど、いるだけでチャーミング。デップとウィノナ・ライダーの存在感だけで、映画の世界観が成立するという感じがします。また、エドワードに次第に共感を示すキムは、(おそらく)高校生活をうまくこなしていたりと大衆的な側面があるので、多くの人が視点を重ねやすいだろう存在となっているなと。マジョリティに属していながらも、マイノリティの気持ちに寄り添える重要なキャラクターですよね」

松崎「ライダーはこの頃、ナードの男子に共感を示す役柄が続いていたんです。この作品でのキムも文化系男子の救いのように描かれていますね」

小川「たしかに、ブロンドで聡明で美しく、彼氏はアメフトのエースで…という典型的なモテる女の子が(モテない系男子に)理解を示してくれたら、それこそ夢物語ですよね」

松崎「こんな人がいればよかったなという、バートンの憧れの象徴だったかもしれないです。監督自身を投影し過ぎている気がしなくもないですが、本当によくできたラブ・ファンタジーです」

変わり者のエドワードに親しく接するキムをウィノナ・ライダーが演じる

小川「ありきたりなハッピーエンドで終わらないところがこの映画の魅力ですよね。想い合ってはいるけど、互いを傷つけてしまうから一緒にはいられない…」

松崎「『それ以来、この町には雪が降るようになった…』という寓話的なまとめ方もよく合っています」

小川「冷静に考えると、『この巨大な氷はどこから持ってきたんだ?』とツッコミどころがないわけではないですが、ロマンチックなシーンですよね」

松崎「美しいものを作っている時こそ、人を傷つけてしまう。その描写が泣けます。人造人間の宿命のようなものは、やっぱりグッときます」

小川「私たちはエドワードのようなハサミの手は物理的には持っていないけれど、気付かぬうちに言葉によって相手を傷つけてしまうことはありますからね」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
シザーハンズ
放送日時:2023年7月20日(木)21:00~、30日(日)19:00~
チャンネル:スターチャンネル1

(吹)シザーハンズ
放送日時:2023年7月6日(木)20:00~、15日(土)16:30~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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