ベテラン刑事と連続殺人事件の容疑者とのサスペンスフルなラブストーリー『シー・オブ・ラブ』

愛した人は連続殺人事件の犯人なのか?
アル・パチーノの映画史を語るうえでも重要な『シー・オブ・ラブ』

2022/10/24 公開

ニューヨーク市警のフランク・ケラー(アル・パチーノ)は、20年勤続の有能なベテラン刑事。そんな彼のもとにある日、猟奇性を帯びた事件の捜査が舞い込んでくる。彼はマンハッタンで、全裸のままベッドに臥し、オールディーズのアナログ盤「シー・オブ・ラブ」を聴きながら撃たれた男の殺人事件を担当することになったのだ。

さらに同様の手口による、2件目の犯行がクイーンズ区で発生すると、フランクは地元署のシャーマン刑事(ジョン・グッドマン)と共同で捜査にあたる。そして2人は、被害者がどちらも独身向けの雑誌に恋人募集の広告を載せ、同じ容疑者と会っていたことを突きとめていく。

主人公のベテラン刑事、フランクを演じるのは名優アル・パチーノ

連続殺人事件の捜査をベースにした禁断のラブストーリー

『ゴッドファーザー』(1972年)、『狼たちの午後』(1975年)のアル・パチーノ主演による1989年公開の映画『シー・オブ・ラブ』は、氏の演じる刑事が連続殺人事件の第一容疑者と恋に落ちるという、サスペンス仕立てのラブストーリーだ。未遂に終わった3件目の事件を経て、フランクは雑誌におとり広告を出し、応じた女性たちから指紋を採取するための覆面捜査を行う。そこであぶり出された容疑者の一人、シングルマザーのヘレン(エレン・バーキン)から指紋を取ることができなかった彼は、彼女との再会をきっかけに距離を詰め、証拠を得ようと一夜を共にする。だがフランクの中でヘレンに対する思いは、疑惑と、そして愛情がせめぎ合うものとなっていくのだ。

フランクの心の揺れ動きは、彼のこれまでの生き方に共振する。長年にわたる刑事勤めによって、正義を遂行する意識は惰性的なものとなり、また愛する妻を同僚に奪われたことから、孤独な現状は自身の生活を張りのないものにしていた。そんな疲弊がもたらす感情は、ランダムに恋愛を楽しみながら、単身で子を育てたくましく生きるヘレンに動かされ、そのミステリアスな存在に気を奪われていくのである。

このように複雑な人物関係を説得力あるものにしているのが、パチーノとエレン・バーキンの人間味にあふれたパフォーマンスであり、またひときわ孤独を感じさせる、ニューヨークというロケーションだろう。大都会が放つ喧騒と、密集した人口とは裏腹な他者との遠い距離感。延いてはそれが、刑事と容疑者の背徳に満ちた逢瀬や、肉体的な触れ合いを求めた者を凄惨な末路へと誘引していく。

また、映画は禁断の男女関係を描いていく一方、サスペンスとしての本分をまっとうすることを忘れない。口紅のついたタバコの吸い殻、犠牲者らが雑誌に載せた広告、犯人の指紋といったわずかな手がかりから、事件の真相を追うフランクの足どりは、フィルム・ノワールとしての正当性をもきっちりと主張する。

容疑者のシングルマザー、ヘレンに惹かれていくフランク

アル・パチーノの置かれた状況を想起させる秀でた脚本とキャラクター造形

そんなストーリーとキャラクター造形に秀でた脚本は、演じる側としても魅力的なものに感じられたことだろう。パチーノはこれを読んで興味を示し、長年組んできたプロデューサーのマーティン・プレグマンに話を持ちかけ、映画化へとこぎつけている。当時のパチーノはアメリカ独立戦争をテーマにした大作『レボリューション・めぐり逢い』(1985年)の酷評と興行的失敗によって映画業界への疲れを感じ、舞台の世界に戻っていた。加えて、自分でコントロールできるアートハウス系の監督作を手掛けるなど、ハリウッドの商業体制とは距離を置いていたのである。しかし自腹を切った創作活動によって私財が底をつき、再び商業映画の領域へと足を向ける。その時の復帰作として臨んだのが本作なのである。

『シー・オブ・ラブ』は当時のパチーノの置かれた立ち位置と、劇中のフランクとが見事なまでに重なっている。この脚本がなかったら、世界的な名優のキャリアはいまと違ったものになっていたのかもしれない。そう考えるだけでも、本作の存在価値は計り知れない。

しばらく距離を置いていた商業映画に復帰したアル・パチーノの心境ともどこかシンクロするフランクのキャラクター造形

また同じく、今日的な観点から本作を俯瞰した場合、劇中の犯人像は現在の犯罪傾向を先見するかのような要素を含み、衝撃と鮮度を失っていない。というのも詳細は伏すが、劇中の殺人事件にはストーキング行為が関与しており、本作の公開から2年後にアメリカではストーカー犯罪を取り締まる「反ストーキング法」が制定された経緯もあって、当時としては非常にタイムリーな犯行ケースを提供しているからだ。

『シー・オブ・ラブ』はこうして現実とのリンクを感じさせるが、あくまで創作に基づくフィクションである。しかし、それをリアルなものとして捉えるに充分な肉付けが、この映画にはなされている。たとえば開巻、フランクが何者であるかを観る者に示す一斉摘発のくだりも、実際の捜査例が参考にされているし、また出演者に現役の警官を起用したり、彼らから捜査手順の指導を受けるなど、周辺情報がアクチュアルな要素で固められている。

また芝居に関しても迫真的なものに近づけるよう、パチーノとバーキンはアドリブで演技をし、それを脚本に反映するといったライブ感覚を採り入れている。こうした方法は、舞台の側からリアリティにアプローチしたパチーノの独壇場ともいえる。ほかにも緊張した中にユーモアを溶け込ませ、監督ハロルド・ベッカーの機知に富んだ演出も素晴らしく、まだ駆け出しだった頃のサミュエル・L・ジャクソンや、今や枯れた存在感で異彩を放つ老優リチャード・ジェンキンスの汁気を含んだ演技など、時代の趨勢を実感できる部分にも見どころは多い。

文=尾崎一男

尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
シー・オブ・ラブ
放送日時:2022年11月3日(木・祝)16:45~、20日(日)23:15~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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