『死刑にいたる病』が突き付けるシリアルキラーの恐ろしさ…
その狡猾さに観客も翻弄され、コントロールされていく
2023/07/24 公開
24人もの若者男女を殺害した容疑で、ベーカリーショップを営む勤勉な男・榛村大和(阿部サダヲ)が逮捕された。公判によって次々と残忍な犯行の手口が明かされ、当人はもはや死刑を免れぬ状況に置かれていた。だが、最終的に9件の起訴を経た榛村が1つだけ、冤罪を主張し関与を認めない殺人事件があった。そしてその立証を、かつて自身のショップの常連客だった筧井雅也(岡田健史)に依頼してきたのである。
いったい自分が、なぜ――?釈然とせぬ思いを抱き、収監中の榛村に面会した雅也は「身に覚えのない罪を負って死にたくない」という彼の主張に押され、弁護人の協力のもと独自に調査を開始していく…。
リアリティを追求したシリアルキラー像とその影響
2022年に公開された映画『死刑にいたる病』は、社会を震撼させた連続殺人犯に冤罪証明を依頼された大学生が、その調査過程で謎に満ちた事件の内容と、被告人の壮絶な生い立ち、そして予想を超えた真相へと迫っていく犯罪ミステリーだ。同ジャンルのかつてない問題作と謳われた櫛木理宇(「ホーンテッド・キャンパス」シリーズ)の同名小説を、秘められた連続殺人事件の全貌を解き明かす『凶悪』(2013年)や、野獣刑事と仁義なきヤクザ組織との戦いを捉えた『孤狼の血』(2018年)など、センセーショナルな諸作で圧倒的な演出力を示す白石和彌が大胆に映像化している。
本作の、ミステリーサスペンスとしての特色は、いわゆる「シリアルキラー」に関するストーリーを展開している点にある。一定の間隔を置きながら、長期にわたり個別の殺人をおこなうそれは、戦争やテロ、衝動的な加害などが誘発する「大量殺人」とは定義を異にし、強い事件性で観る者を誘引していく。過去にシリアルキラーを題材にした作品はいくつか存在しているが、日本映画で、しかも被害者が24人という設定は規模が大きく、あまり例がない。
とはいえ、これに近い実在する国内事件があり、原作の中でも随所で言及されている。それは2000年に死刑が執行された連続殺人犯、勝田清孝の罪状だ。
1972年から犯行を重ね、22名もの殺人をおこなったと自供した勝田は、確証に基づく8件の強盗殺人と殺人未遂によって裁かれ、死刑宣告を受けている。その数と犯行の性質が劇中の榛村と近いことから、作者は勝田のケースを、フィクションにおけるシリアルキラーのリアリティラインとして置いたようだ。
多くの被害者を生んだ事件をフィクションに反映させるには、慎重な配慮と節度を要する。だが、こうした実例を基に練られたミステリー創作は、ストーリーに現実感を持たせ、延いては犯罪に対する警戒意識や身構えを観る者に与えるのではないだろうか。過去にこのカテゴリーで触れた韓国映画『殺人の追憶』(2003年)は、作品の骨格となった実在の事件(華城連続殺人事件)の風化を防ぎ、迷宮入り寸前だったこの連続殺人を犯人逮捕へと導いている。とかく実犯罪のスケープゴートにされがちなホラーやミステリーだが、上述の要素を根拠に筆者は擁護の側に立ちたい。
人心を掌握し、マインドコントロールしていく恐ろしさ
話がややオーバーランしてしまったが、テーマの主張が本体からさらに延伸していくのは、本作と同じといえるかもしれない。
そう、この『死刑にいたる病』が真に恐ろしいのは、連続殺人というシリアルキラーの行為以上に、同タイプの犯罪者に見られるハイIQ(高知能)傾向へと視界を拡げていくところにある。人心を掌握することで他者を殺人の罠にかけていく、マインドコントロールの策謀だ。
この仕掛けは物語の大きな捻りに通じていくので詳述は避けるが、雅也の役割は、単に自身の行動を通じて観客に事件の背景を把握させるだけではない。映画は調査の過程でつまびらかとなる、冤罪の可能性を秘めた新事実や、榛村とは別の殺人鬼が野放しにされているのではないかという戦慄。それらで観客をミスリードしなから、雅也に依頼をしてきた榛村の真の目的を徐々に明らかにしていく。ランダムに指名されたと思われた雅也が、ある規則性のもとで動かされていることに、観る者は愕然とさせられるのだ。
死刑にいたる「病」とは、はたして何を指すのか?人が絶望することについて追究された、哲学者キェルケゴールの代表的名著(「死に至る病」)をもじったタイトルは、至妙に匂わせぶりな含みを帯びている。むしろ原作の改題前タイトル「チェインドッグ」(鎖に繋がれた犬)の方が、この作品の本質を鋭くあらわしているだろう。
我々が本作を観て警戒心を抱くべきは、殺人といった即物的な「悪行」以上に、映画の真底に沈澱している、人伝いに拡散されていく「悪意」なのではないだろうか?全身を襲う身震いと共に、それを強く実感させられる衝撃の一本だ。
文=尾崎一男
尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。
<放送情報>
死刑にいたる病
放送日時:2023年8月6日(日)3:30~、17日(木)8:00~
チャンネル:スターチャンネル1
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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