『スペンサー ダイアナの決意』が映す
王室との決別を決めたダイアナ30歳のクリスマス

冷えきった王室で、プリンセスは何を想う

1981年、英国の名門貴族スペンサー家の令嬢ダイアナは20歳でチャールズ皇太子と結婚。2人の息子の母になり、世界中から愛されながら36歳の若さで亡くなった。そんな彼女がすべてを賭けてある決心を固めた、1991年のクリスマスの3日間が描かれる。

エリザベス女王が亡くなったいま、国王となったチャールズと王妃となったカミラは、1991年当時は不倫関係にあり、ダイアナ妃の心を苦しめた。この関係が物語の背景に色濃く影を落とす本作は、冷え冷えとした空気の中で進行する。

王室の人々はクリスマスを女王の私邸サンドリンガム・ハウスで過ごすのが慣例だったが、定刻に遅れ合流したダイアナは決して温かくない視線で迎えられ、女王も「困ったものね」とつぶやく。監視の目にさらされるなか、暖房もない寒い室内へ通され、唯一心を許せた衣装係は新顔に代わり、ドレスも自分で満足に選べない。

遅刻したのは、私邸の近く、懐かしさが残る生家の跡地を訪れていたためだ。建物は朽ち果て、近づくことも許されないその場所で、ダイアナはどんな気持ちでいたのか。タイトルの「スペンサー」は、ここで育った彼女の旧姓だ。

これが真実と心底思わせる、冷ややかな演出

夫からのクリスマスプレゼントは不倫相手に贈った真珠のネックレスと同じであることをダイアナは知っていた。それだけではない。夫の心中にはダイアナとの結婚前からあの女の影がちらついていたのだ。そんなダイアナの心はすでに冷え切っていた。

寒い部屋のテーブルには誰のものか一冊の本、「アン・ブーリン　受難者の生涯」が置かれていた。かつてヘンリー8世が新たに愛した女を妻にするため、邪魔になった妻アン・ブーリンを葬った出来事を記した本である。チャールズもあの女を妻に迎えたいのだろうか？とダイアナの心をさらに蝕んでいく。英国史上の悲劇を引き合いに、観る人に冷たい現実を抱かせる演出だ。

監督のパブロ・ララインは『ジャッキー／ファーストレディ 最後の使命』(2016年)も手掛けているが、この時も多くの人々から憧れの目で見られた女性の真実の姿を浮き上がらせた。『スペンサー』も、華やかな結婚式と英国民に愛された光景は幸せそのものに見えながら、後継者となる2人の王子に恵まれた後、最低限の役目を終えたかのように夫婦は断絶を迎えていたことを、終始冷ややかに、リアルに映し出す。

クリステン・スチュワートが甦らせたダイアナの心

ダイアナを演じたのは「トワイライト」シリーズのクリステン・スチュワート。1990年生まれの彼女は、97年にダイアナが亡くなった出来事を幼いながらも覚えており、彼女にクールな印象を抱いたそう。そんなダイアナが映像の記録で時折見せたすくい上げるような眼差しや固く凍りついた表情を、クリステンは見事に体現。その再現ぶりで第94回アカデミー賞の候補に挙がるなど、高い評価を受けた。

監視の目、衆目にさらされ続けたダイアナにとって、心休まるのは2人の王子と過ごす時だけ。2人を乗せて車を走らせる母と、「ハンバーガーが食べたい！」と母と一緒にいられる喜びにはしゃぐ子どもたち。そうした時間の積み重ねが彼女の決意を固いものにし、孤独を深めていく。

彼女の決意、それは「王室を去る」というあまりに大きな決断。もちろん、決意までの真実はダイアナ本人しか知らない。それでもエピソードの1つ1つが、1人の女性の深い孤独を浮き上がらせていて悲しい。

文＝渡辺祥子

渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス＆ミステリー。最近気に入っている『ホイットニー・ヒューストン ＩWANNA DANCE WITH SOMEBODY』の脚本家は「ボヘミアン・ラプソディ」と同じアンソニー・マクカーテン。曲の聞かせ方が巧くてつい引き込まれる。日本経済新聞、週刊朝日、ぴあなどで映画評を執筆。

＜放送情報＞
スペンサー　ダイアナの決意
放送日時：2023年2月18日(土)21:00～、21日(火)13:45～
チャンネル：スターチャンネル１

※放送スケジュールは変更になる場合があります