ホラー映画史に残る、伝説の作品『サスペリア』

古典的な傑作『サスペリア』
新たな世代のファンを獲得し続けているその理由

2021/05/24 公開

オンリーワンの独創性に満ちあふれた恐怖映画

映画宣伝史における屈指の名キャッチコピー「決してひとりでは見ないでください」とともに公開され、日本でも大ヒットを記録した『サスペリア』(1977年)は、言わずと知れたホラー映画の古典的な傑作である。当時、監督のダリオ・アルジェントは、ジャーロと呼ばれるイタリア特有の猟奇スリラー&ミステリーのジャンルで成功を収めていたが、新境地を開くために「魔女」という神秘的な題材に取り組んだ。周知の通り、1970年代の映画界ではウィリアム・フリードキン監督の『エクソシスト』(1973年)をきっかけにオカルト・ブームが吹き荒れていたが、その末期に製作された『サスペリア』は『エクソシスト』の亜流作品ではないし、オカルト・ホラーの文脈で語られることもほとんどない。アルジェント監督が完成させたのは、他の作品と比較することさえ無意味に思えるほどオンリーワンの独創性に満ちあふれた恐怖映画だったのだ。

壁紙や血など、随所に使われる「赤」のインパクトも鮮烈

舞台となるのは、ドイツ・フライブルクの名門バレエ学校。その内外で不可解な変死事件が相次ぐなか、アメリカからやってきた新入生スージー・バニヨン(ジェシカ・ハーパー)の身にも得体の知れない脅威が迫るという物語である。すでに多くの批評家、研究家によって語り尽くされている本作について、今さら新たな発見や解釈を見出すことは難しい。それでも筆者は、今なお『サスペリア』が世界中で繰り返し鑑賞され、新たな世代のファンを獲得し続けている理由を指摘してみたいと思う。

バレエ学校に入って早々、スージーは体調不良に

まず先述した「オンリーワンの独創性」は、本編を観れば一目瞭然。ディズニー映画『白雪姫』(1937年)に触発されて原色の彩度を強調した映像美、ギリシャのブズーキやインドのシタールといった民族楽器をフィーチャーしたゴブリンの音楽など、いくつもの斬新な要素を挙げることができる。とりわけアルジェントの「建築物」への並々ならぬこだわりが反映されたセットの美術は圧巻で、赤やブルーの原色が配された幾何学模様の壁紙などがいちいち目に焼きつく。その過剰な視覚的インパクトたるや、何度観直しても凄まじい。

奇妙な世界を彩る絢爛な美術セットにも目を奪われる

その半面、支離滅裂な印象を与える点も少なくない。例えば、盲目のピアニスト、ダニエルが愛犬のシェパードに噛み殺されるエピソード。真夜中の広場の空間演出や、カメラをワイヤーで吊して撮った超自然的視点のショットには思わず目を見張るが、冷静に考えるとダニエルが魔女たちに殺されなくてはならない明確な理由が見当たらない。また、アルジェントが刃物による殺人描写を得意とするジャーロ作家だという特性を踏まえても、魔女を題材にしたオカルト映画でナイフが凶器に使われるのはいかにも不自然だ。

学校の秘密を知った少女が、首吊り処刑となるシーンは前半の見せ場の一つ

特異な映像世界が放つ魔術的な妖気から逃れられなくなる!?

しかし『サスペリア』の底知れない魅力は、そうした合理性の欠如を補ってあまりある。むしろ「作り手のこのような意図が見事に実現されているから素晴らしい」というような通常の論理的な批評では語ることができない「何が何だかわからないが、ただ魅了されずにいられない物凄い描写」があちこちに盛り込まれている。

例えば中盤、主人公スージーとルームメイトのサラが学校内のプールで会話するシーン。おぞましい出来事は何も起こらないというのに、不意に挿入される階上からの俯瞰ショットに胸のざわめきを覚えずにいられない。無防備な水着姿でゆらゆらと水中で立ち泳ぎしているスージーらを、邪悪な何かの眼差しが凝視し、超自然的な魔力で絡め取ろうとしている確かな予兆が、信じがたいほど生々しくわき起こってくる。映画における「ショット」というものの威力を、まざまざと証明する場面である。さらに、冒頭の空港のシーンにおける「自動ドア」のクローズアップは、理屈的にはまったく意味不明のインサートだが、おそらく映画史上で唯一の「自動ドアの開閉を官能的に表現したショット」としてフィルムに焼きつけられた。

キーアイテムとなるガラス製の孔雀の置物。どのシーンにも映像美が貫かれている

そもそも『サスペリア』は直接的なセクシュアル描写が一切ないのに、なぜか濃密なエロティシズムを湛えている。先述したプールの水や自動ドアに加え、窓やガラスといったもろく壊れやすい装飾物、風も吹いていないのに廊下で揺らぐカーテンなどを映像化したアルジェントのこのうえなく繊細な感性が、観る者の潜在意識に訴えかけるからだろう。アメリカから招いた主演女優ジェシカ・ハーパーの童顔と華奢な体つきが醸し出す危うい少女性も、この極彩色の悪夢のごときフェアリーテールの艶めかしさを増幅させている。

美少女たちが次々と恐怖に見舞われるさまにも妖しさが漂う

かくして『サスペリア』は後進の映画監督たちのみならず、さまざまな分野のクリエイターに多大な影響を与え、世界中の一般の映画ファンの人生をも狂わせるほどのホラー映画となった。その特異な映像世界を覗き込み、ひとたび虜になってしまった者は、ひょっとするとアルジェントが創出した魔術的な妖気から生涯逃れられなくなるかもしれない。多感な小学生の時に罪深き『サスペリア』を映画館で鑑賞したせいで、今もこのような文章を書いている筆者が言うのだから間違いない。

文=高橋諭治

高橋諭治●映画ライター。純真な少年時代にホラーやスリラーなどを見すぎて、人生を踏み外す。「毎日新聞」「映画.com」「ぴあ+〈Plus〉」などや、劇場パンフレットで執筆。日本大学芸術学部映画学科で非常勤講師も務める。人生の一本は『サスペリア』。世界中の謎めいた映画や不気味な映画と日々格闘している。

<放送情報>
サスペリア(1977)[HDリマスター版]
放送日時:2021年6月13日(日)19:00~、23日(水)1:00~

サスペリア(2018)
放送日時:2021年6月13日(日)21:00~、24日(木)1:15~
チャンネル:スターチャンネル1

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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