唯一無二の映像美を極めた鈴木清順監督の世界(『陽炎座』)

美と遊戯があふれ出す唯一無二の映像世界
巨匠、鈴木清順を「大正浪漫三部作」で探る

2024/01/29 公開

誰ともまったく似ていない唯一無二の映画監督。美と遊戯の映画演出を極めた鈴木清順は、日本でも外国でもファンの多い監督である。その後期代表作の『ツィゴイネルワイゼン』(1980年)、『陽炎座』(1981年)、『夢二』(1991年)は「大正浪漫三部作」と呼ばれ、今も多くの映画ファンを魅了している。清順監督の生誕100年を記念して4Kデジタル修復され、映画館でも先日リバイバル上映された。わたしも久しぶりに観て、その美しさに改めて驚いた。

独創的なイマジネーションで世界を驚かせた『ツィゴイネルワイゼン』に『陽炎座』

『ツィゴイネルワイゼン』は同名のヴァイオリン曲のレコードをモチーフに描く、男女4名の奇妙かつ妖艶な世界。自由気ままに放浪し、身勝手に女を愛す男を原田芳雄が演じる。周囲の男女は彼に振り回されつつ、現実か幻かわからないような時空間に巻き込まれていく。

男女4名の関係を幻想的な映像美で綴り、原田芳雄が愛に奔放な男を演じる『ツィゴイネルワイゼン』

ところで、日本の映画監督で真にオシャレなのは、小津安二郎と鈴木清順だとわたしは思っている。古典芸能からモダンなファッションまで幅広く精通し、画面からも粋な色気が漂ってくる。自分が嫌なことは徹底して拒否する頑固さもうかがえる。

小津監督が静的な構図を好むのに対して、清順監督は静と動を融通無碍に切り替える達人といえるだろうか。なにを考えているかわからない人物が静かにたたずんでいると思ったら、急にぎょっとするような活劇が始まったりする。カメラも予期しなかった動きを見せて、観る者を驚かせる。

風に舞い散る花びらは普通野外で降るものだが、清順映画では室内にも降り注ぐ。1カットの中でいとも簡単に現在と過去が入れ替わる。映画には映画でしか描けないリアリズムがあるといわんばかりだ。『ツィゴイネルワイゼン』は独創的な世界観を確固たる美学で支え、海外でも高く評価された。

室内に降り注ぐ花びらなど、普通なら考えつかない独創的な美学が魅力(『ツィゴイネルワイゼン』)

『陽炎座』の主演は松田優作。原作は幽霊譚などで日本を代表する作家・泉鏡花。本作は文学的な幽玄さと殺気が映像表現とマッチして素晴らしい。「俺はこういう絵が撮りたいんだ」という清順監督の静かな叫びが聴こえてくるようだ。『ツィゴイネルワイゼン』に続きこの映画にも、どうやったら撮れるのかわからないような驚愕的に美しいカットがたくさんある。

偶然知り合った美女に翻弄される劇作家を松田優作が演じた『陽炎座』

有名な「大樽の中の女性が赤い玉を吐き出して、水が赤玉でいっぱいになる」カット、「芝居小屋がガラガラと崩れ落ちる」カット、「松田優作が長い手足を女性に巻きつける」カット。まるで浮世絵が3D化したようなカットもある。どうしたらこんなイマジネーションが浮かんでくるのだろうか。

日本映画としてある種の極みに到達した『夢二』

大正浪漫三部作でわたしが最も好きなのが、『夢二』。大正から昭和にかけて活躍した画家・竹久夢二を、沢田研二が演じている。この映画は清順美学ともいうべきものが最高潮まで高まり、とにかく画面の隅々まで豪華絢爛で観ていて楽しい。大正時代といえば、明治と昭和に挟まれ、やがて殺伐とした軍国主義の悪臭が漂う直前。その間でつかのまの遊戯を大人たちが楽しんでいるかのような映画だ。マジメぶったことなんか勘弁さ、というような悪童精神が痛快で、ここまで真剣にふざけている映画も珍しい。

大正から昭和にかけて活躍した画家・竹久夢二の半生を描く『夢二』

特筆すべきは、この映画に出てくる女性がことごとく美しいということ。わたしもかつて映画でご一緒したことのある毬谷友子さん、清順作品常連の大楠道代さんをはじめとした俳優陣、そしてエキストラ的な役割の女性たちまでもが信じられないほどの美しさで撮られている。演出も、撮影も、ライティングも、衣装も、メイクも、とてつもないほどの美学を共有していて、日本映画としてある種の極みに達している。和洋の衣装でこれほどの美をもつ映画は、今後日本で撮ることは難しいかもしれない。

画面の中に美しく映し出される女性たち(『夢二』)

最後になったが、この三部作すべての脚本を書いたのは田中陽造。それまでの清順美学をさらにブーストさせて、日本映画の新たな扉を開いた見事な仕事といえる。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に『SRサイタマノラッパー』シリーズ、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)、『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』(2023年)など。新作『あんのこと』が2024年6月公開。

<放送情報>
ツィゴイネルワイゼン<4Kデジタル完全修復版>
放送日時:2024年2月11日(日・祝)21:00~、15日(木)19:30~

陽炎座<4Kデジタル完全修復版>
放送日時:2024年2月13日(火)19:30~、17日(土)6:00~

夢二<4Kデジタル完全修復版>
放送日時:2024年2月14日(水)19:30~、24日(土)6:40~
チャンネル:日本映画専門チャンネル

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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