中学生女子の淡い初恋模様を丁寧に切り取った『天然コケッコー』

中学生の何気ない日常を切り取る『天然コケッコー』
田舎娘と転校生男子のオフビートな恋愛に胸キュン!

2023/01/30 公開

自然豊かな田舎の風景が、穏やかな日常にノスタルジーを与える

高校2年生、17歳の時にデビューして以来、少女マンガ界の第一線で活躍し続け、2022年には画業50周年を迎えたカリスマ漫画家・くらもちふさこ。数多くの名作を生み出してきた彼女にとっての最長編作であり、記念すべき初の映像化作品となったのが、撮影当時、思春期世代だった夏帆と岡田将生が出演した映画『天然コケッコー』(2007年)だ。

中学2年生の右田そよ(夏帆)は、山と田んぼが広がる小さな村で暮らしている。小・中学生合わせても全校生徒が6人しかいない分校に、ある日、東京からスタイル抜群のイケメンで、そよと同じ中学2年の大沢広海(岡田)が転校してきた。初めての同級生との毎日に期待で胸をふくらませるそよだが、大沢はいたってクールでマイペース。都会育ちと田舎育ちの感覚のズレを感じつつも、そよはいつしか大沢に心惹かれていく自分に気づく…。

原作コミックは1994年から2000年まで「コーラス」に連載され、単行本は全14巻で完結(文庫版は全9巻)。1996年には第20回講談社漫画賞を受賞している。東京生まれ、東京育ちのくらもちは、それまで東京を舞台にしたおしゃれで都会的な作風で知られていたが、本作では一転して、山と海に囲まれた小さな過疎の村を物語の舞台に選んだ。

村のモデルとなったのは、くらもちの母の故郷で、くらもち自身が子どもの頃に夏休みを過ごした島根県那賀郡三隅町(現:浜田市)。映画化するにあたって、くらもちからのリクエストは「原作の舞台の土地で映画のロケをしてほしい」とのことだったという。美しい四季の移り変わり、風がそよそよと吹いて草木を揺らす音、虫の音やニワトリの鳴き声、ゆったりとした時間の流れ…観る者にノスタルジックな想いを抱かせる自然豊かな田舎の風景は、本作において重要なキャラクターの一人と言える。

監督は『リンダ リンダ リンダ』(2005年)の山下敦弘。大きな事件は起こらず、ほのぼのとした空気感の中で、田舎の分校に通う少年少女、彼らを見守る先生たち、それぞれの家族、ユニークな村の人々の日常を追った『天然コケッコー』は、ささやかな日常シーンを積み重ねることで淡々とした物語を輝かせる手腕に長けた山下監督の作家性にぴったりだ。

そして、脚本を手掛けたのは、10代の頃からくらもち作品の大ファンで、くらもちふさこを心から敬愛する渡辺あや。奇しくも1997年から現在まで、夫の実家のある島根県で暮らしている彼女は『天然コケッコー』をバイブルとして愛読。『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)で脚本家デビューを果たす前から、いつか本作が映画化されることを願い、舞台となった土地を自主的にロケハンしていたという。

原作の静かな雰囲気をそのまま実写化したかのような再現度

映画化では、原作の膨大なエピソードから欲張りすぎずに適切な取捨選択をし、シチュエーションに多少の違いはあっても、ほぼ原作通りのセリフを残して見事に構成。原作の二次元の世界が、そのまま三次元になった感覚を味わえる。作品としての評価も高く、山下敦弘監督は本作で第32回報知映画賞・最優秀監督賞を最年少受賞、渡辺あやは第62回毎日映画コンクール脚本賞を受賞。俳優賞も含め、その年の数多くの映画賞を獲得している。

原作は主人公のそよが中学2年生から高校2年生になるまでの4年間の物語だが、映画版で描かれるのは中2の夏から中学卒業まで。子どもたちのキャスティングは全員オーディションで選ばれ、そよを演じた夏帆は2006年7月のクランクイン時、15歳。そよが好きになる男の子、大沢君役の岡田将生は16歳。2人とも、とにかくビジュアルが原作のイメージ通り!ということはあったにしても、当時、俳優としての演技力はまだまだ未熟だった彼らのポテンシャルを見抜いたスタッフの先見の明はさすがだと思う。そしてまた、2人の演技演技していない自然体な感じが、等身大の中学生の生っぽさの体現にもつながった。

一人称は「わし(!)」で、方言バリバリの美少女そよ。真面目で、優しくて、面倒見がよい優等生タイプだが、頑固で負けず嫌いなところがあり、しょっちゅう失言をかましたり、センスが微妙だったりと、少女マンガの主人公としては、少々めずらしい天然キャラである。

らしくない、という点においては、ヒーローポジションの大沢君も負けていない。もともと、くらもち作品に登場する、クールで、かっこよくて、女心をくすぐるセクシーな男性キャラたちは「くらもち男子」と呼ばれ、女性ファンをメロメロにしてきたという背景がある。本作の大沢君は、一見そんな「くらもち男子」の条件を満たしているようでいて、中身はリアルな中学生男子そのもの。おしゃれに命を懸けているくせに、発言にはデリカシーがないし、頭の中はエッチなことばかり。女子が憧れる王子様とは程遠い二枚目半キャラなのが新鮮だ。

まだまだ若手俳優だった夏帆と岡田将生のみずみずしい演技も見どころ

誰にとっても、観るたびに日常の尊さを気づかせてくれる

本作では、そんな、ある意味お似合いな2人のオフビートな関係を軸に、きらめくような青春エピソードの数々が綴られていく。海水浴、お祭り、バレンタインデー、修学旅行、高校受験…。なかでも2人が神社で初めてキスをするシーンは象徴的だ。大沢君が着ているフード付きジャケット(彼が代官山で何軒も回ってようやく手に入れた大事な服)がどうしても欲しいそよは、とにかくキスを早く体験してみたい大沢君の気持ちを逆手にとり、自分のキスと交換でジャケットをもらうことにする。

青春ラブストーリー映画史上、これほどまでに即物的なファーストキスのシーンがあっただろうか…とツッコミたくなるほどのあっけなさ。明らかに自分のほうが損なのに、約束だからと、しぶしぶジャケットを脱ぐ大沢君に男子の悲哀を感じつつ、彼のジャケットに身を包んだ後のそよの胸のときめきが伝わってくる感じがみずみずしく愛おしい。

決してロマンチックな性格ではない2人は、片想いに悩むことも、熱烈な告白をすることもないまま、いくつもの季節を共に過ごすうちに、それでも目に見えない確かな絆を築いていく。それがはっきりとわかるのが、高校受験を控えた秋、下校中の2人が田んぼのあぜ道に座り、そよが大沢君の制服のボタンを縫いつけてあげるシーンだ。

東京の高校に進学するかもしれない大沢君の隣で、そよが静かに、切々と語りかける。ボタンをつけているそよは俯いていて、顔が見えないのだが、隣でそよを見つめている大沢君を演じる岡田の表情がどんどんせつなく変化していく様は必見!感情をあまり表に出さない原作の大沢君と違い、当時の岡田本人のナイーブさがこぼれ出ている名シーンには胸がつまって、思わずホロリとしてしまう。

少しずつ大沢君に心惹かれていくそよの変化が初々しくてかわいらしい

青春という人生の中の特別な時期であっても、たとえ恋愛していたとしても、私たちの人生のほとんどは、結局のところ、ドラマじゃない日常の積み重ねでできている。『天然コケッコー』は、誰にとっても、観るたびに日常の尊さを気づかせてくれる作品だ。それにしても…こういう青春映画で、ふさわしい役に、ふさわしいタイミングで出会い、思春期の自分を丸ごと真空パックのように残せる俳優は、なんてラッキーなんだろう!

文=石塚圭子

石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、さまざまな世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。

<放送情報>
天然コケッコー
放送日時:2023年2月3日(金)20:30~、26日(日)18:45~
チャンネル:衛星劇場

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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