盗んだ絵画の身代金で貧困者の社会からの剥離を阻止しようとした盗難計画には、もう一つ隠された真相があった。

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家族を温かく描く、監督の優しい視点

2022/09/26 公開

実際に起きた盗難事件の、意外な犯人に迫る

1961年、世界屈指の美術館ロンドン・ナショナル・ギャラリーから、フランシスコ・デ・ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。197年の歴史を誇り、2300点以上の貴重なコレクションを有する同館で、絵画の盗難被害はこの一度だけ。警察は「犯罪組織か特殊部隊の犯行か?」と大騒ぎしたが捜査は難航。4年後に犯人が自ら名乗り出て、英国中をビックリさせた。そんなことあり!?

名乗り出たのは、平凡な年金生活者ケンプトン・バントン。彼は孤独な高齢者たちのために英国の公共放送BBCの受信料を肩代わりしようと、「ウェリントン公爵」を人質代わりにBBCへ問題解決を迫ろうとした。この実際に起こった盗難事件が題材となった本作は、『ノッティングヒルの恋人』(1999年)のロジャー・ミッシェルが監督を務めている。

戯曲の成功を夢見た祖父と、思いを受け継いだ孫

ケンプトンは、日頃から社会問題への意識が高く、誠実な人物として信頼される一方、文句が多く、うるさいオヤジと煙たがられていた。タクシー運転手になれば、足の不自由な老人から乗車料金を受け取らずクビ。パン工場で働けば、上司の人種差別に盾突いてクビという具合で、仕事はどれも長続きしない。そんな夫に不満を漏らしながらも寄り添う妻ドロシーは、裕福な議員の家で家政婦として働き、夫や息子のジャッキーと平凡に暮らしてきた。

ミッシェル監督はケンプトンを「世間から何度となく非難を浴びているにもかかわらず、永遠の楽観主義者であり、活動家」と評す

ケンプトンは仕事を何度も変えながら、戯曲を書き溜め、テレビ局や新聞に投稿していたが、結果を聞きに出かけたロンドンで芳しい結果が得られず仕舞い。その代わり、夜の闇に紛れて、「ウェリントン公爵」が思いのほか簡単に盗み出せてしまった。ちなみにウェリントン公爵は、1815年のワーテルローの戦いで、かのフランス皇帝ナポレオン1世を破った英国史における英雄だ。そんな超有名人の肖像画を盗み出したものの家に持ち帰っても隠し場所がなく、ケンプトンは何よりも口うるさいドロシーに見つかることを恐れ、ジャッキーと知恵を絞る。

そんな本作の企画を制作会社に売り込み、製作総指揮で参加したのは、なんとケンプトンの孫、クリストファー・バントン。祖父の戯曲にスポットライトは当たらなかったが、祖父の人生の映画化という形で、ある意味、思いを受け継いだとも言える。

夫婦には、18歳になる娘を亡くした悲しい過去があり、ドロシーがその悲劇と向き合う描写も見どころ

あふれ出るミッシェル監督の楽しく、粋な演出

ユニークな持ち込みに乗っかったミッシェル監督は、ケンプトン役に『アイリス』(2001年)のジム・ブロードベント、ドロシー役に『クィーン』(2006年)のヘレン・ミレンというアカデミー賞受賞名優の2人を抜擢し、彼らの持ち味を見事に引き出す。

そして、出来上がったのはスリリングな泥棒映画というよりも、英国の庶民の家庭をユーモアたっぷりに描いたファミリームービーというところが、いかにもミッシェル監督の映画らしい。そのうえで、法廷弁護士とケンプトンのやり取りでは辛辣な笑いを効かせて描き、裁判シーンを大きな見せ場に仕立て、さらに粋な結末を用意しているのでお楽しみ。

1960年代、テレビの視聴料が支払えない貧困者は社会から切り離される可能性があり、ケンプトンはその問題を憂いて盗難事件を起こす

なお、ミッシェル監督は、先日亡くなったエリザベス2世の素顔にユニークな手法で迫ったドキュメンタリー『エリザベス 女王陛下の微笑み』(2022年)を手掛けているが、同作完成後の2021年9月に亡くなり、長編劇映画の遺作になった。

また、本編のラストにおまけ的に登場するウェリントン公爵の肖像画は、この事件の起きた当時大ヒットした「007」シリーズの第1作『007 ドクター・ノオ』(1962年)に登場するもの。「本当はドクター・ノオが盗んだ?」なんてことはないけど、あってもおかしくなさそうだ…。

文=渡辺祥子

渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス&ミステリー。最近では世界的ベストセラーになったジェイン・ハーパーの長編第1作が原作のオーストラリア映画『渇きと偽り』がお気に入り。日本経済新聞、週刊朝日、VOGUEなどで映画評を執筆。「NHKジャーナル」(NHKラジオ第1)に月1回出演。

<放送情報>
ゴヤの名画と優しい泥棒
放送日時:2022年10月7日(金)21:00~、17日(月)17:15~
チャンネル:WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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