2人の女性の逃避行をエネルギッシュに描く

『テルマ&ルイーズ』が示す、道を切り拓く女性の力強さ
その重要性をリドリー・スコット監督作として再確認

2023/10/23 公開

この映画を「サスペンスムービー」と振り分けてしまうことに、多少なりとも迷いや抵抗を覚えなくもない。とはいえ本作のベースは、罪を犯してしまった2人の女性の、緊張と興奮に満ちた逃亡劇だ。そんなアンビバレンツな受け手の感情など取るに足らないとばかりに、公開当時のニューヨーク・タイムズ紙は以下のような絶賛評を捧げている。

「彼女たちの冒険は、どんな犯罪行為にも伴うであろう運命論を帯びながら、最高のロードムービーとして記憶に残る、スリリングで人生を肯定するエネルギーを持っている」

ウエイトレスとして働く独身のルイーズとその親友で専業主婦のテルマは週末のドライブ旅行に出かけるのだが…

男性社会の抑圧とそこからの女性の解放を描くフェミニズム映画の先駆的作品

「監督リドリー・スコットの映画」という文脈において、1991年に発表された『テルマ&ルイーズ』は、語られることに消極的な部類かもしれない。ファンが氏の諸作に言及すると、常に持ち出されるのは『エイリアン』(1979年)、あるいは『ブレードランナー』(1982年)といった、それらが属するジャンルにおいて究極的アイコンと化したSF作品だ。登場キャラクターは過剰にグラフィカルで荘厳な空間の中で翻弄される役割を果たし、外殻や世界観こそ特殊性を帯びたものがほとんどだろう。

だが『テルマ&ルイーズ』は、スコット監督が『誰かに見られてる』(1987年)を起点に『ブラック・レイン』(1989年)から本作へと連なる現代クライム劇の流れにおいて、前述のようなキャラクターと設定との主従関係を反転させ、人間ドラマがひときわ輝きを放つ名作となったのだ。

そう、この映画の中心人物は、テルマ(ジーナ・デイヴィス)とルイーズ(スーザン・サランドン)という、宇宙とも近未来とも縁のない、アメリカ中西部の女性たちだ。彼女らは日々の生活に押し込められた憂さを晴らすべく、後者の愛車フォード1966年型サンダーバードで泊まりがけのドライブに出かける。ところが道中、ドライブインでテルマに暴行をはたらこうとした酔客にルイーズが発砲したことから、彼女たちは日常からの逸脱ではなく、法や社会からの逃避行を余儀なくされていくのだ。

テルマを襲おうとした男を撃ち殺したことから2人は追われる身に

逃走の道のりはアーカンソーからオクラホマを経て、アリゾナ、そしてユタへ―。この脚本が初担当作となるカーリー・クーリは、サンタモニカの私道に車を停めた時、「2人の女性が犯罪を繰り返す」というアイデアが頭の中に浮かんだという。瞬時にクーリはテルマとルイーズの物語をそこに感じることができたと述懐し、彼女たちが砂漠を横断するに至った経緯や、平凡な2人が最後に何者になっていくのか、中心的なテーマをそこに見出している。

その発想はおのずと物語に『俺たちに明日はない』(1967年)や『イージー・ライダー』(1969年)などのアメリカン・ニューシネマに通ずる神話性を与え、社会からの逃亡が象徴するものや、破滅の美学といった要素を共有させることになる。

同時にテルマとルイーズはストーリーの過程で、恣意的な男たちと遭遇し、彼らを制裁しながら逃亡を繰り広げていく。現代社会において、真に罪深い存在とは何者なのか?映画は男性社会がもたらす抑圧に主眼を注ぎ、女性の解放へと視点を拡張させることで、フェミニズム映画の先駆として今日の地位を築いている。

犯罪を重ねながら警察から逃げ続ける2人

リドリー・スコットがメガホンをとった必然的な理由

またこうした変革は、監督したスコットその人にも及んでいる。前述したキャラクターベースなドラマへのアクセスを筆頭に、これまでは作り込まれたスタジオセットの中で世界をコントロールしてきた映画作家が、オールロケーションに取り組んだ作品として注目に値する。なにより主人公たちのオデッセイは、同時にイギリス人監督がアメリカ文化圏を横断する、作り手の適応力をアップデートさせるオデッセイでもあったのだ。

一方で、この作品が彼に委ねられたのは、必然と捉えられる部分もあるだろう。スコット監督作のキャラクターは自分の人生を自身で切り拓く女性像をキャリアの早期から提示し、例えば『エイリアン』におけるリプリー(シガーニー・ウィーバー)のように、能動的な女性キャラクターの創造を促した。その成果はテルマとルイーズの造型と決して無縁のものではない。

もともとスコット監督は自分でこの作品を演出するつもりはなく、プロデューサーとして支援する側に身を置こうとしていたのだ。しかし女性が主人公では…と難色を示し、改変を迫るスタジオ側の態度に業を煮やし、自ら監督を引き受けている。そういった点で、スコットはこの映画の主導権を自ら握ったのではなく、この作品に選ばれた監督だったと言えるのかもしれない。

ブレイク前のブラッド・ピットが仮釈放中のヒッチハイカーを演じる

加えてジーナ・デイヴィス、スーザン・サランドンらの優れたパフォーマンスによって、本作がよりキャラクターベースの趣意を強めた作品となったことは言を俟たない。また観客が「虐げられた女性の復讐劇」という単純な懲悪観念に囚われぬよう、男性キャラクターたちの不透明性に余幅を持たせているのが特徴的だ。特にテルマとルイーズの絆に迷いをもたらす若者J.D.の二面性は、演じるブラッド・ピットの、大スターへの片鱗を存分に感じさせる。

文=尾崎一男

尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
テルマ&ルイーズ
放送日時:2023年11月4日(土)10:00~、9日(木)23:30~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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