声が出せない女性と、アマゾンから連れて来られた異形の存在との恋を描く『シェイプ・オブ・ウォーター』

単なる異種族間の恋愛に収まらない
ファンタジーならではの強さを持った『シェイプ・オブ・ウォーター』

2023/01/30 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第23回に登場するのは、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)。『パンズ・ラビリンス』(2006年)、『パシフィック・リム』(2013年)のギレルモ・デル・トロが手掛け、第74回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を、第90回アカデミー賞では作品賞と監督賞を含む4部門を、そして第75回ゴールデングローブ賞でも2部門を受賞した。

1962年、冷戦下のアメリカ。政府の極秘研究所で清掃員として働く孤独なイライザ(サリー・ホーキンス)は、同僚のゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)と研究所に運び込まれた不思議な生き物を目撃する。アマゾンでは崇拝されていたという「彼」に心奪われたイライザは、こっそり会いに行くように。幼少期のトラウマで声が出せないイライザだったが、彼とのコミュニケーションに言葉は不要。2人は少しずつ心を通わせていく。しかし、彼はもうすぐ実験で解剖されることが決まっていて…。

種族が異なる「彼」のことが気になってしょうがないイライザ

ギレルモ・デル・トロのマイノリティへの愛情が結実したラブストーリー

松崎「初めて観た時も思ったのですが、2つの意味でのラブストーリーだなって。1つは、イライザと半魚人である『彼』との。もう1つは、デル・トロ監督自身の愛が映画の中で結実しているという意味でのラブストーリー。幼少期からモンスターや怪獣がすごく好きなデル・トロが、『大アマゾンの半魚人』の続編的な立ち位置の作品として、ヒロインと半魚人の愛を成就させる物語を作り、アカデミー賞をはじめとする大きな賞で主要部門を受賞した。そんな想いも合わさった、2つの意味を持つラブストーリーだと思います。改めて映画を観ても、その印象は変わらなかったです」

小川「映画の構想をいつ頃からしていたかはわかりませんが、トランプ政権下で撮られた作品であり、移民問題などをめぐってアメリカで断絶が広がり続けるなか、移民であるデル・トロ監督が、異物と見なされた自身を半魚人に重ね合わせてマイノリティ同士の結びつきを描いている作品だなと思いながら観たことを覚えています。『美女と野獣』と比較されることもあるそうですが、ルッキズムを助長する本家への挑戦的な視点があって、『こういうディズニー映画が出てきてうれしい』という気持ちになりました(笑)」

松崎「フォーマット的には、ディズニー路線で言うと『スプラッシュ』に近いですよね。あれは女性の人魚と人間の男性の物語でしたが」

小川「確かにそうですね」

松崎「デル・トロ自身もこの映画は1962年を舞台にしているけれど、『1962年の話ではなく、トランプ政権下の現代の話だよ』と言っています。なので、まさに小川さんのおっしゃっていることなんだと思います」

小川「マジョリティとして描かれるマイケル・シャノン演じるストリックランドとか、トランプ支持層っぽいですよね。白人のマジョリティ代表というか」

松崎「彼も強迫観念に囚われている感じがおもしろいですよね。有害な男らしさというか、アメリカの帝国主義のようなものに囚われて、ものすごく窮屈に生きているのがわかります」

小川「『勲章がこんなについている俺に逆らうのか』みたいなことを言っちゃう上司がいて、状況的に弱者であるストリックランドは上司に認めてもらうために『男らしくいなくては』とより弱い者を征服しようとする。まさに有害な男らしさという負の連鎖が続いている、リアリティと地続きの状況ですよね。直球で政権批判はできないけれど、おとぎ話というスタイルなら、それをより力強く伝えることが可能だとデル・トロは思ったのかなと想像しました」

松崎「そうですね。ヘイトスピーチを活用して選挙戦を勝ち抜いたトランプが大統領に就任した1年目に(本国で)公開された本作のような作品が、アカデミー賞の作品賞を受賞するというのは本当におもしろいと思います。映画自体が人間と半魚人のファンタジーなのですが、製作、公開、評価の流れを見てもすごく良い形でのファンタジーの力を感じます」

小川「劇中では人間と自然の暴力性にも触れていますし、ファンタジーの力がただ観客を守る安全なものだけとして機能してない。そこが素晴らしいですよね…。猫も食べられちゃうし」

松崎「そうそう。食べられちゃった。あそこはすごくなんか現実的というのかな」

小川「リアリティを呼び起こさせる描写ですよね。これは現実に起こっている話であることをちょいちょい呼び起こさせてくる」

松崎「そこはデル・トロ監督のフィルモグラフィにもつながる話ですが、『ヘル・ボーイ』や『パシフィック・リム』など、一貫してファンタジーを題材にしてきています」

小川「『パンズ・ラビリンス』も、スペイン内戦下の少女の恐怖をファンタジーとして描いていたからこそすごく恐ろしくて、自分に起きてもおかしくないこととして捉えることができた記憶があります。でも本作は、ホラーという側面で見ると、だいぶマイルドなように感じました」

松崎「ジェームズ・キャメロン監督との対談で、デル・トロは『自分(の作品)はホラー寄り』と話していました。この映画には、ホラーテイストのところもたくさんあるけれど、オタクなら当然惹かれるポイントを押さえつつ、それ以外の人にも届くような形で間口を広げた印象です。ものすごくいいバランスを保った作品なのかもしれません」

小川「あえてそうしている気もしますね。さらなる断絶を生まないためにそうしたのかなと。デル・トロの想いやオタクとしてのディテールを詰め込みながらも、多くの人に届けたいという意思が込められているのではないでしょうか」

アメリカ政府の極秘施設で清掃員として働くイライザ。何気ないメカニックにもデル・トロのこだわりを感じる

マイノリティの人たちの欲求をストレートに描くこと

松崎「イライザと『彼』の恋愛についてはどう感じましたか?僕は、通じ合うことには言葉ももちろん大事だけど、それ以上のものがあるみたいなことを描いている気がしました」

小川「言語はすごく大事なツールではあるけれど、言葉によって分断が生まれていることも事実ですもんね。根本的な愛情があるから、好きなものを与え合ったり、心配し合ったり、助け合ったりする。言語のないコミュニケーションから、信頼関係が築けることも大いにあると思いますし」

松崎「主人公は声を失っている障害者で、親友のおじさんはゲイ、職場の仲良しは黒人で、彼の救出に協力してくれるのはソ連のスパイである科学者。ある意味、主人公の周りはマイノリティばかり。そういう人たちが有害な男らしさに縛られているアメリカの白人男性に反旗を翻す。孤独な人たちが孤独を超えて連帯していく話は、分断が進む社会において特に描く意味があったと思います」

小川「孤独というのはマジョリティにもマイノリティにもあることだと思うんです。実際、アメリカンドリームを絵に描いたような幸せな家庭を支える父親であるストリックランドも、不満や寂しさを抱えていますし。人種が違ったり、見た目が違ったり、一見すると、わかり合えないように思える人たちにもわかり合える人はいるし、同じように見える人であってもわかり合えない場合もあるという話ですよね」

松崎「ゲイのジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)が惚れてしまったパイのお店の感じのいい若い店員さんが、実はとんでもないレイシストだったという描写については、見かけによらないという裏返しをここでやるのかというおもしろさも感じたポイントです」

小川「これは私の勝手な想像ですが、もしかしたら彼も同性愛者で、言い出せないからこそあれだけ過剰反応するのかもしれないという可能性もありますよね。排他的な姿勢を見せつけることで、自分自身の傷を守っているのかもしれないし…」

松崎「保守的な宗教指導者や政治家など、ゲイの批判や弾圧を行っていた者が、実は自分もゲイだったというニュースが、アメリカではよくあります。確かにそんな裏返しの可能性もあると思います」

小川「この作品を観返しながら思ったのは、なぜ『美女と野獣』のジェンダー逆転版が出てきていないのかなと。考えてみたら、歴史的にマイノリティ性を持っている女性だからこそ、マイノリティであるモンスターに寄り添えるのかなと。女性が見た目よりもスペックを重視すると言われてきたのも、男性よりは平均年収が低く、一人では生きていけないと思ってしまいがちな状況があったからでしょうし。女性がマジョリティとして生きる世の中だったら、逆の立場で描かれたのかもしれない。そのうち、そういう作品も出てきそうな気はしますけど」

イライザをはじめマイノリティ同士の連帯の強さも描いていく

松崎「また、本作は性的な描写が多いことも指摘されています。イライザも冒頭からお風呂で自慰行為をするなど、彼女の性的な欲求をストレートに描いている点も印象的ですよね」

小川「特にディズニー映画のようなおとぎ話では、男性が性的欲求に忠実な一方で、女性は奥ゆかしさを求められていた感じはありますよね。なので、本作でイライザの性的主体性が日常にあるものとして描かれているのは、個人的にうれしかったです。満たされたい、愛されたい、救われたいといった感情、もしくはその逆の感情も然りですけど、それらを抱くことはマジョリティ、マイノリティどちらか片方だけに許されていることではないので」

松崎「そうですね。一昔前だと、障害がある人が性的な気持ちを表にしただけで、『なんてけしからんのだ!』と思う人もいたわけで」

小川「『シェイプ・オブ・ウォーター』というタイトルですが、水に形はないですよね。だから、見た目、性別、人種、言葉の違いというものも、私たちが勝手にその形を型にはめているだけで、中身はみんなそんなに変わらないということを描いていて、頭でっかちな考えをほぐしてくれる映画だなと思います」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
シェイプ・オブ・ウォーター
放送日時:2023年2月1日(水)8:30~、15日(水)2:00~
チャンネル:スターチャンネル1

(吹)シェイプ・オブ・ウォーター
放送日時:2023年2月9日(木)15:45~、18日(土)3:15~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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