「結婚前夜」と「離婚前夜」を交差させある男女の愛と人生を奏でる『トゥモロー・モーニング』

ロンドン・ウェストエンド生まれの傑作ミュージカルを映画化した『トゥモロー・モーニング』

「結婚前夜」と「離婚前夜」を交差させ
ある男女の愛と人生を奏でる『トゥモロー・モーニング』

2023/05/22 公開

華やかななかにも、人生の複雑な思いを塗り込めたドラマ

離婚前夜によみがえる幸せに満ちた結婚前夜。胸躍る歓び。でも明日には別れが待つ。複雑に揺れ動く男女の思いを胸に沁みる歌に託して語りかける感動のミュージカルが誕生した。

画家を夢見るキャサリンと小説家を目指すビルは大恋愛の末に結ばれた。それから10年、キャサリンは一流の画家として成功を収め、母にもなった。ビルは小説家ではなく、一流のコピーライターになったが、心の片隅には「小説家になれなかった」という苛立ちを抱え、キャサリンには及ばない、という不満も生まれてしまう。「きみの成功が羨ましかった」──ほんのささやかな不満とコンプレックスがビルの心をチクリと刺す。キャサリンの元気な祖母が「心配はヒマな人の時間つぶし」と言うシーンがあるけれど、ビルにとっては、滓(かす)のように溜まっていってしまったのかもしれない。

あんなに愛し合って結婚したのに、10年が過ぎた今、明日には離婚が待っている。思い返されるのは、幸せに包まれて歓びにあふれていた結婚前夜のこと。あの歓びはどこへ消えてしまったのだろうか。最愛の息子にも恵まれたのになぜ愛は続かなかったのか。「決してこの瞬間を忘れないで」と言うキャサリンの言葉をたしかに受け止めた結婚前夜のビル。あの時の2人の愛は、どこへ行ってしまったのか。

愛と夢を追いかけ結婚した夫婦だが、10年の間にすれ違っていく

原作は2006年にロンドンで初演、日本でも2013年に日本人キャストで上演された英国の作曲家ローレンス・マーク・ワイスの脚本と音楽による舞台ミュージカル。その映画化は、当代きってのミュージカルスター、サマンサ・バークスとミラン・カリムルーの共演で、華やかななかにも人生の複雑な思いを塗り込めてドラマティックに進行する。

歌って踊って賑やかに青春や人生を謳歌するのがミュージカルなら、心に沁みる歌詞と調べで人生の哀歓を語るのもミュージカル。どちらにとっても最も重要な楽曲の数々は、本作では全部で14曲。すばらしい調べに魅了されながら、愛が生まれ、愛が壊れる過程が進行する。

「オペラ座の怪人」や「レ・ミゼラブル」のような世界中でロングヒットを続ける華やかな大ヒット作とは違うが、丁寧にじっくりと人生を見つめることで、観た人の心に決して忘れることのない共感を呼び起こす。「トゥモロー・モーニング」はそんな胸に沁みるミュージカルだ。

「レ・ミゼラブル」や「アナと雪の女王」でメインを務めたサマンサ・バークスがキャサリン役に

ミュージカルの聖地でも名を馳せるスターキャストが共演

ニューヨークのブロードウェイと並び、世界の演劇の中心地であり発信源のロンドン・ウェストエンドで生まれ、ミュージカルやオペラの演出家、ニック・ウィンストンのメガホンで映画として生まれ変わった『トゥモロー・モーニング』。バークスとカリムルーは、ウィンストン監督が舞台で演出を手掛けた「チェス・ザ・ミュージカル」でも共演済みだ。

舞台版「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ、ウェストエンド版「アナと雪の女王」のエルサを演じたバークスがキャサリン役。ビル役のカリムルーは、28歳の若さで「オペラ座の怪人」の怪人役に抜擢され、「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャン役でブロードウェイ・デビューを飾っている。そんな、近年のスターが顔を合わせ、夫婦の愛が実ってから枯れていくまでを安定感抜群の演技で表現。心にまで響き渡るその見事な歌声には圧倒されるばかりだが、そこには、10年間結婚生活を送ったキャサリンとビルの愛情や嫉妬、思い出や悔しさなど、本物の感情が乗せられている。