同じ日に出産した2人のシングルマザーが真実と向き合う『パラレル・マザーズ』

今知るべき痛みを描いた作品が集う
ヴェネチア国際映画祭の受賞作に圧倒される

2023/08/28 公開

芸術性の高い、アーティスティックな作品が並ぶヴェネチア国際映画祭

8月30日から9月9日にかけて美しき水の都にて開かれる、第80回ヴェネチア国際映画祭。世界最古の歴史を持つ映画祭でもあり、この連載でも紹介したことのあるカンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭と並び、世界三大映画祭の1つとして知られている。オスカーウォッチャーの端くれとしては、翌年に行われる米アカデミー賞の前哨戦第一弾として見逃すことのできない映画祭だ。(アカデミー賞の作品賞候補などに躍り出る映画が、この映画祭で初お目見え、ということも多々あり、ここでの評価がアカデミー賞の結果を占ううえでかなり重要になってくるのだ!)

黒澤明監督や宮﨑駿監督、是枝裕和監督など日本人監督も数多く受賞しており、また昨今は女性監督が3年連続で最も栄誉ある金獅子賞を獲得していることでも注目されている。特徴としては芸術性の高い、アーティスティックな作品が多く、個人的にも惹かれる作品が多い。そんなヴェネチア国際映画祭から、近年受賞した話題作をご紹介しよう。

ベテランのペネロペ・クルス、若手のミレナ・スミットの演技力も必見(『パラレル・マザーズ』)

第78回のヴェネチア国際映画祭でペネロペ・クルスが女優賞を獲得したのが、スペインの誇る名匠ペドロ・アルモドバル監督の『パラレル・マザーズ』(2021年)。クルスはこの年のアカデミー主演女優賞候補にもノミネートされた。

カメラマンのジャニス(クルス)は、スペイン内戦中に殺され集団墓地に埋められた曾祖父や村人たちの遺骨の発掘を法人類学者のアルトゥロ(イスラエル・エレハルデ)に依頼。やがて恋仲となり彼の子を妊娠するが、諸事情によりシングルマザーになることを決意する。産婦人科で同室となった17歳のシングルマザー、アナ(ミレナ・スミット)と出会い、やがて同じ日に女の子を出産した2人は再会を誓い合って退院。しかし、ジャニスはアルトゥロの抱いた疑惑からセシリアと名付けた我が子のDNA検査をしたところ、実の子ではないことが判明。アナの娘と取り違えられたのではないかと疑うものの、愛してしまった我が子を手放せるはずもなく、アナとの連絡を絶つために電話番号を変えた。それから1年後、アナと偶然再会したジャニスはアナの娘が亡くなったことを知らされる。

アルモドバル監督の持ち味であるビビットな色彩と生々しいメロドラマのような湿度は健在ながら、シングルマザーの新生児取り違えの話がメインというよりも、むしろこの映画の軸となるのは冒頭のスペイン内戦時に亡くなった家族の遺骨発掘調査。ぜひ観る前に、大まかでもいいので1930年代に起こったスペインの内戦や独裁政権下で起きた歴史について、そしてその問題が今どのように扱われているかを調べておくことをおすすめする。スペインの内戦時代に起きた悲劇を見つめることで浮かび上がってくるのは、真実から目を背けたままで、未来を語ることなどできはしないという強いメッセージだ。どの国も歴史との向き合い方の問題を未だ抱えているからこそ、骨太な人間ドラマは決して他人事にはなり得ない。途方もない秘密を前に、もはや大切な人となった相手に真実を告げられず苦悩するクルスの演技に圧倒された。

望まない妊娠をした少女の苦悩を描き出す『あのこと』

映画だからこそ実感を持つことのできる、知るべき痛み

第78回に審査員満場一致で最高賞である金獅子賞を受賞したのは、フランスのオードレイ・ディヴァン監督の『あのこと』(2021年)。中絶が違法であった1960年代のフランス。卒業間際の優秀な大学生アンヌ(アナマリア・バルトロメイ)は望まぬ妊娠をしてしまう。アンヌは自らが願う未来を掴むため、今産むことはできないとあらゆる解決策を模索。迫りくるタイムリミットに怯え、もがき苦しみながらも一人で戦うアンヌの12週間が描かれる。

彼女の傍らから一時も離れないカメラワークによって映し出されるその映像は、まるでアンヌそのものになったかのようで、観客が目を逸らすことを許しはしない。相談したのにバカみたいに迫ってくる男、保身のために助けてくれやしない医者、助けになるのが女好きの遊び人という地獄。自分の身体に関する権利を奪われることで、失うかもしれない未来、健康、人生。毎秒に込められた燃えるような女たちの怒りに、息をすることもできない。そして今なおそんな世界に生きているという絶望といったら。安全な中絶方法へのアクセスを奪われた結果、アンヌがさらされる痛みの描写はあまりに壮絶で、冷や汗が止まらなくなった。正直ホラーといってもいいほどの描写なので、自分の心や体の状態が良い時に観てほしいと思う。とてもつらい作品だけれど、世界のそこここで女性の自己決定権が脅かされている今、観るべき作品だ。

経済格差の厳しいメキシコを舞台に、裕福な夫婦が暴徒化した市民に襲われる『ニューオーダー』

第77回に審査員大賞などを受賞したのは、メキシコの鬼才ミシェル・フランコ監督による近未来ディストピアスリラー『ニューオーダー』(2020年)だ。本当に救いがなくて、観た後絶対に元気がなくなるので、後の予定を気にしてから鑑賞してほしい。

裕福な家庭に生まれたマリアン(ネイアン・ゴンザレス・ノルビンド)は結婚パーティーを開催し、周囲からの祝福を受けていた。しかし、そこへあまりの格差社会に抗議する市民たちが暴徒化して襲撃。運良く難を逃れたマリアンだったが、彼女をさらなる地獄が待ち受けていた。

現実に経済格差が激しく、軍事国家となりつつあるメキシコ社会を舞台にしており、こんな未来が決してあり得ないと言いきれないのがこの映画の怖いところ。もう後戻りなどできないほどに信じていた世界が崩れていくシーンは、その規模の大きさ、カオス度も相まって目を背けることしかできなかった。凄まじく理不尽な暴力の数々の一方、射殺や拷問のシーンなどの描写は極力抑制されていたように思うのに、あまりの地獄絵図に精神的にどんどん苦しくなってくる。86分というコンパクトな作品にもかかわらず、その後12時間ほど引きずったのでもはやコスパがいい(?)。鑑賞後は緑色に拒否感を示してしまうこと、間違いなし。胸糞、後味悪い系映画が好きな人はぜひ。

取り上げた3作品はどれも「観やすい作品」とは言えないだろう。歴史的な背景への知識を必要とするものだったり、絵としてあまりに痛かったり、救いがなかったり。けれど、映画だからこそより実感を持つことのできる「知るべき痛み」だと思うのだ。幸せな気持ちやキュンや前向きな学びを映画に求めるのもいいけれど、たまにはこんな劇薬も、試してみてはいかがだろうか。

文=宇垣美里

宇垣美里●1991年生まれ 兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサーとして、テレビ、ラジオ、雑誌、CM出演のほか、女優業や執筆活動も行うなど幅広く活躍中。

<放送情報>
パラレル・マザーズ
放送日時:2023年9月3日(日)22:00~、15日(金)2:15~

ニューオーダー
放送日時:2023年9月4日(月)22:45~

あのこと
放送日時:2023年9月5日(火)23:00~
チャンネル:WOWOWシネマ

パラレル・マザーズ
放送日時:2023年9月6日(水)2:25~
チャンネル:WOWOWプライム

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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