寡作の巨匠、ビクトル・エリセの代表作2本に迫る(『ミツバチのささやき』)

世界が称賛する寡作の巨匠、ビクトル・エリセ…
代表作『ミツバチのささやき』&『エル・スール』からその魅力を紐解く

2023/07/03 公開

驚くべきニュースが飛び込んできた。

「ビクトル・エリセ監督、31年ぶりの新作がカンヌ国際映画祭に出品」

これは今年一番のビッグニュースの一つだ。思わぬ知らせに歓喜した映画ファンも多いはず。エリセ監督は現在82歳。デビュー以来、長編映画は3作しか作っておらず、とても寡作な映画作家として知られる。これまでの制作ペースはおよそ10年に1本で、ドキュメンタリーを除くと、フィクション作品である長編映画は『ミツバチのささやき』(1973年)と『エル・スール』(1982年)の2作しかない。

『ミツバチのささやき』も『エル・スール』も映画史に燦然と輝く傑作。映画館でリバイバル上映されると、客席は多くの観客で埋まる。あまりに寡作すぎる映画監督だから、もう彼の新作は観られないんじゃないか。そんなことを思っていた映画ファンも多いと思う。だからこそ余計に今回のニュースは嬉しい。

少女と脱走兵の交流を描いた静謐な美しさに感動する『ミツバチのささやき』

『ミツバチのささやき』は、1940年代のスペインが舞台。小さな村に住む少女を描いた映画だ。村にトラックがやって来て、公民館の前でフィルムを降ろす。『フランケンシュタイン』(1931年)を巡回上映するためだ。その上映を観るために村人たちが集まって来る。その中には6歳の少女アナ(アナ・トレント)もいる。彼女は映画を観て、スクリーンに投影された怪物に魅せられる。後日、姉から怪物は村外れの一軒家に隠れていると聞いたアナがその家を訪れてみると、そこにはスペイン内戦で傷ついた脱走兵らしき男がいて…。

映画『フランケンシュタイン』に魅了された少女の物語が幻想的に描かれる『ミツバチのささやき』

現実と空想が交錯したとても美しい映画だ。エリセ監督はスペインの小さな村と、そこに住む少女を静かに見つめる。語られる言葉はそれほど多くない。ただ、どこか懐かしさを感じさせる光景とそこで営まれる人々の生活はとても雄弁だ。なぜこんなに惹きつけられるのかを言葉にするのは難しいけれど、この映画を観た人は誰しも静謐な美しさに感動するだろう。

優れた映画の多くが例外なくそうであるように、本作も観れば観るほど新たな発見がある。観客自身が小さなディテールを自分で発見していく喜びがある。世界の豊かさと残酷さに思いを馳せつつ、人によってはかつての自分の過去を回想するかもしれない。エリセ監督の映画はとても温かく、そっと観客に寄り添ってくれる。

アナと姉イザベルの父親を、スペインを代表する映画&演劇界の一人、フェルナンド・フェルナン・ゴメスが演じる(『ミツバチのささやき』)

家族の秘密を巡る物語が変化する四季になぞらえるように映し出される『エル・スール』

エリセ監督の長編2作目は『エル・スール』。この映画はスペイン北部の村で暮らす父と母と娘の物語。主人公はエストレーリャ(イシアル・ボジャイン)という一人娘。彼女がある朝目覚めると、枕元に父の残した振り子が置かれていることに気がつく。そして、8歳の頃(ソンソレス・アラングーレン)に経験したいくつかのことを思い出す。

スペイン北部の村で暮らす父と母と娘の物語『エル・スール』

何かの事情があり、少女の一家は北部の村へ引っ越して来た。医師である父はダウジングもしていて、振り子を使って水脈のありかを見つけ、エストレーリャはその手伝いをする。またある日、スペインの南から祖母とかつて父の乳母であった老女が遠路はるばる訪ねて来る。エストレーリャの初聖体拝領式で教会に参列するためだ。エストレーリャは彼女たちから遠い街のことを聞き、暖かい土地のことを想う。

子どもなら誰しもそうであるように、エストレーリャも親のことを心配している。特に、寡黙で謎めいたところの多い父の秘密を知りたいと望む。やがて、街でたまたま父を見かけた彼女は、父には遠くの場所に密かに「想う人」がいることを知る。

謎めいた父親のことを知りたいと思うエストレーリャ(『エル・スール』)

この映画も静かだが、少女と季節の変化を描いて、とても豊穣な作品だ。それほど多くないものの随所にナレーションが挟み込まれ、娘であるエストレーリャがどれほど父のことを深く知りたいと思っているかがわかる。一つ屋根の下で暮らす家族であっても、それぞれの秘密があり、語られない謎があることが徐々に浮かび上がってくる。いつしかそれは決定的な別れへとつながっていくだろう。その予感が残酷でありつつも、エリセ監督はことさらにそれを暴き立てることはせず、まるで四季の変化を捉えるかのように静かに記録していく。

『ミツバチのささやき』と同様に映像がとても美しく、まるでフェルメールの絵画を見ているかのような家屋内のシーンが素晴らしい。また、少女の家の前を貫く並木道がすごい。「エル・スール」とはスペイン語で「西」。ここではないどこかへとつながる道をこれほど鮮烈に捉えた映画もほかにはないだろう。

美しい映像にも注目してほしい(『エル・スール』)

寡作な巨匠、ビクトル・エリセ監督の代表作2本をぜひこの機会に堪能いただきたい。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)、『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』(2023年)など。

<放送情報>
ミツバチのささやき【HDリマスター】
放送日時:2023年7月12日(水)6:00~、26日(水)4:00~

エル・スール【HDリマスター】
放送日時:2023年7月13日(木)6:00~、27日(木)4:00~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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