無気力や無目的を魅力的に描くヴィム・ヴェンダース作品に迫る(『都会のアリス』)

やる気が出ない、向き合えない…
アンニュイな気持ちを表現したヴィム・ヴェンダースへの憧憬

2023/02/27 公開

何もやる気が起きない。やらなきゃいけないことがあるけど、向き合いたくない。どこか遠くに行ってしまいたい。どこも行きたいところなんかないけど。

そんなアンニュイな気持ちを、誰しも一度は抱いたことがあるだろう。学生時代にはこういう気分になることが多い。モラトリアム的な時期ゆえだ。そして、映画や小説を学ぶ学生の多くが、こういう気分を自分も作品に描いてみようと挑戦して、盛大に失敗する。わたしも学生時代、失敗した。真似したかったのは、ドイツの映画作家ヴィム・ヴェンダースの作品。でも、彼の傑作群のようには作れなかった。無気力や無目的を面白く魅力的に描くのは、とても難しいのだ。

目的がない男たちのあてのない旅を描くロードムービー

ヴェンダース監督の映画で最も好きな作品に、『都会のアリス』(1973年)というものがある。1970年代中期の映画で、当時はもうカラー撮影が当たり前だったけど、あえて白黒で撮られている。

主人公はドイツ人作家フィリップ。彼は旅行記を書くためにアメリカを放浪している。でも、全然執筆をする気持ちになれない。元気もやる気もない。書かないとお金がもらえないのだけど、やっぱり書かない。もうこれはダメだ、アメリカにいても仕事する気にならない、とドイツへの帰国を決めた日に、フィリップはアリスという少女に出会う。ひょんなことからその娘を預かることになってしまい、そこから2人のヘンテコな旅が始まる。

旅行記を書かないといけないのに、元気もやる気も起きない中年男の物語『都会のアリス』

いわゆるロードムービーだ。ロードムービーは旅の道連れの組み合わせが不釣り合いなほど面白い。『都会のアリス』の少女はオランダ人で9歳、一方の主人公フィリップは中年にさしかかった時期で貧乏、そして無気力極まりないときている。2人の旅が面白くなるはずがない。でも、映画自体はとても魅力的でフレッシュだ。いわゆるハリウッド映画のように、次々にトラブルが起こって2人で解決していく、という王道の展開を見せるわけではない。基本、とてもダラダラしている。ダラダラしているのになぜか魅力的なのが、ヴェンダースの初期中期の映画のすごさだ。

一つだけわたしの大好きな見どころを紹介したい。それは少女とフィリップの出会いのシーン。びっくりするほど唐突にやってくる。ビルの入口で回転ドアをクルクル回して遊んでいる少女。中へ入ろうとしたフィリップが巻き込まれて一緒にクルクル回ってしまう。とても微笑ましいシーンで、少女アリスがびっくりするほど可愛い。このクルクル回転は、その後の2人の堂々巡りの旅も暗示している。映画史に残る名シーンだと思う。

ドイツ人作家のフィリップは空港で出会った少女アリスを連れて旅に出ることに(『都会のアリス』)

行き先がない旅。それは初期中期ヴェンダース映画のキーワードでもあるだろう。『まわり道』(1975年)はタイトルがまさにそのままだ。作家ピーター・ハントケが脚本を提供した本作は、『都会のアリス』以上に無目的で無気力な旅を描いている。目的地なんかなく、あるのはまわり道だけ。主人公は作家志望の男で、ちょっと優しいところはあるけれど、つげ義春のマンガの主人公のように無気力。でも、なぜか旅には同行者が増えていく。その道行きが楽しい。

ロードムービーをこよなく愛すヴェンダース監督は、同時にロードムービーの名手でもある。映画の中には、車や電車や船などがたくさんの乗り物が登場する。目的なく移動していくのは、まるで人生そのもののようで、いつしかわたしたちは自分の人生を観ている気になっていく。

作家志望の男の目的地がない、まわり道だらけの旅を描く『まわり道』

映画製作という目的がある異色のヴェンダース作品『ことの次第』

『ことの次第』(1981年)はそれまでのロードムービーとは毛色が異なり、主人公たちにはっきりした目的がある。映画製作という目的だ(つまり、映画作りを描いた映画といえる)。俳優やスタッフははるばるポルトガルの海岸まで撮影にやってきている。でもある日、その撮影がストップしてしまう。製作費が枯渇し、資金集めをしていたプロデューサーが失踪してしまったのだ。こうして、映画製作は一時停止に陥り、主人公たちは異国の地でただ待つだけの日々を送ることになる。ヴェンダース映画にふさわしく、主人公たちはダラダラして過ごす。人生を悲観したり、本を読んだり、楽器を弾いたりして、無為の時間を過ごす。

ヴェンダース作品にしては珍しく、映画製作という目的を持った人を主人公にした『ことの次第』

それが後半、唐突にアメリカへのロードムービーに変貌する。今回は「映画を完成させる」という明確な目標がある。果たしてそれは叶うのか。ハリウッド映画なら大団円を迎えてクライマックスだけど、もちろんヴェンダース監督は一味も二味も違う。混沌とした終盤にこそヴェンダース映画の醍醐味がある。

コロナ禍で無気力な気分に陥った人も多いだろう。わたしもそうだ。そんな時はヴィム・ヴェンダースの映画を観て、無気力なまま映画の旅に出るのも一興。さらに気が向いたら、リアルな旅にも出てみたい。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)など。『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』が3月31日(金)公開予定。

<放送情報>
都会のアリス 【レストア版】
放送日時:2023年3月7日(火)7:15~

まわり道 【4Kレストア版】
放送日時:2023年3月8日(水)6:00~

さすらい(1976) [R15+]【4Kレストア版】
放送日時:2023年3月9日(木)6:00~

アメリカの友人 【4Kレストア版】
放送日時:2023年3月10日(金)6:00~

ことの次第 【4Kレストア版】
放送日時:2023年3月11日(土)6:00~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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