香港の名匠、ウォン・カーウァイの魅力に迫る(『恋する惑星』)

独特な映像表現で甘酸っぱい恋愛を描き続ける
ウォン・カーウァイ作品に恋してしまう理由

2023/01/30 公開

「その時、ふたりの距離は0.1ミリ。6時間後、彼女は彼に恋をした」

その時、僕とテレビの距離は1メートルくらいだったと思うけど、僕は映画の中の彼女に強烈な恋をした。映画を観終わっても彼女のことが忘れられず、ずっと彼女のことばかり考えていた。映画の中の女性に恋をしたのはたぶんこれが最後で、それは10代の終わり頃だった。

恋愛の甘酸っぱさ、それを表現する俳優たちの魅力が炸裂

その映画とはウォン・カーウァイ監督『恋する惑星』(1994年)。2部構成になっていて、前半は金城武とブリジット・リン、後半はフェイ・ウォンとトニー・レオン。2組の男女の出会いと淡い恋模様を描く。

ボーイッシュでどこか変わった雰囲気が観る者を魅了するフェイ・ウォン(『恋する惑星』)

僕がこの映画を観て、恋をした相手は後半に登場するフェイ・ウォンだった。ママス&パパスの名曲「夢のカリフォルニア」に合わせて身体を揺らして踊る彼女は、とてもかわいかった。彼女は街角のサンドウィッチ屋みたいなところで働いていて、ある日、警察官のトニー・レオンに恋をする。口数は少なく、どこか変わった雰囲気のある女の子。恋に落ちてもその気持ちを誰かに伝えることはなく、ただ相手との距離を近づけたいと望む。

昨年、カーウァイ監督作品が4Kレストアされて、映画館でもリバイバル公開された。その機会に、25年以上ぶりに観直した。あの時の自分の恋が嘘みたいに思えたらどうしよう。一抹の不安を抱きながらスクリーンを見つめたけど、まったくの杞憂だった。映画の中のフェイ・ウォンは色褪せることなく輝いていて、男の子みたいに短い髪の毛も、大きな目も、クネクネ自由自在に動く長い手足も、まるで永遠のようにそこにあった。

彼女が恋する相手であるトニー・レオンも、依然としてカッコいいままだった。演じるのは、どこか抜けたところのある警官。失恋したばかりで、自分を振って家を出ていった女性のことばかり考えている。目の前にいるフェイ・ウォンのことなんか目にも入っていない。それが物語の後半で変化していく。

トニー・レオン演じるフェイが恋する警官(『恋する惑星』)

忘れられない美しいシーンがある。フェイ・ウォンがトニー・レオンのぼろいアパートの部屋で、痛めた足を差し出すシーン。彼女は勝手に彼の部屋に入り、それが見つかってしまったので、気まずそうだ。好きな相手に生足を触られているので恥ずかしそうでもある。2人は無言のまま、足に触れて、触れられる。とても美しいシーンだ。

カーウァイ監督の映画はどれも、観ているほうが赤面してしまうような気恥ずかしさがある。ベタな恋愛描写もいっぱいあるし、歯が浮くような照れくさいナレーションもある。女に比べて、男はうじうじして煮え切らないし、『天使の涙』(1995年)や『恋する惑星』の金城武はいつだってかっこつけている。でも、その甘酸っぱさがカーウァイ映画の魅力だ。俳優たちの色気が炸裂するシーンもたくさんあるのだ。

観ている方が赤面してしまうようなベタな恋愛描写がいっぱい(『恋する惑星』)

カーウァイ作品を彩る徹底した独特な撮影手法

トニー・レオンとレスリー・チャンが恋人同士を演じる『ブエノスアイレス』(1997年)では、アルゼンチンへやってきた男2人の痴話喧嘩がこれでもかと続く。好き同士なら早くヨリを戻せばいいのに、と思うけど、なんだか2人ともずっと楽しそうで艶っぽい。カーウァイ監督は惹かれ合っているけど、なぜかすれちがってしまう様子を描くのが上手だ。

付かず離れずの男2人の恋模様を描く『ブエノスアイレス』

最後に、カーウァイ映画を彩る独特な撮影手法について触れておこう。映画の演出では一般的に、ナレーション説明とスローモーション(ハイスピード撮影)は多用しないほうがいいとされる。作り手の作為が前面に出すぎてしまうからだ。でも、カーウァイ監督は構うものかと多用し、カメラも傾け、美術の配色も派手にする。学生時代、映画を志す友人たちの多くが真似をしようとして、やがて飽きて去っていった。

他者が容易に真似できない独特な撮影手法もカーウァイ監督の魅力(『天使の涙』)

いまカーウァイ映画を観ると、この手法の徹底ぶりは監督の思想と熱量の表れだと感じる。この方法でしか描けない恋模様がある。やはりウォン・カーウァイは唯一無二の映画作家なのだ。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)など。『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』が3月31日(金)公開予定。

<放送情報>
恋する惑星 [4Kレストア版]
放送日時:2023年2月14日(火)21:00~、27日(月)10:30~

天使の涙 [4Kレストア版]
放送日時:2023年2月15日(水)21:00~、27日(月)12:30~

ブエノスアイレス[4Kレストア版]
放送日時:2023年2月16日(木)21:00~、27日(月)14:15~

花様年華 [4Kレストア版]
放送日時:2023年2月17日(金)23:15~、28日(火)10:30~

2046 [4Kレストア版] [R15+]
放送日時:2023年2月18日(土)21:00~、28日(火)12:45~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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