アルカイダの指導者、オサマ・ビンラディンの暗殺に至る経緯を映画化した『ゼロ・ダーク・サーティ』

オサマ・ビンラディンはいかにして暗殺されたのか?
歴史的な作戦を映画化した『ゼロ・ダーク・サーティ』のアプローチ

2023/11/27 公開

その暗示的なタイトルは、午前0時半の黒闇を待って突入するという、任務決行を意味したアメリカ軍の専門用語だ。2011年5月2日、米海軍シールズが過激派組織アルカイダの指導者であるオサマ・ビンラディン暗殺のため、同人物が潜伏していたパキスタンの施設を襲撃した作戦を指している。

さかのぼること2001年9月11日、テロリストに占拠された4機の旅客機が、ニューヨークの世界貿易センタービルやペンタゴン(アメリカ合衆国国防総省)に追突した。この自爆攻撃「9.11アメリカ同時多発テロ」の首謀者として、CIAテロ対策センターはビンラディンをマークし、米側はタリバン政権下に置かれたアフガニスタンに対して軍事行動を開始する。しかし最大の目的である、ビンラディンの行方を掴むことはできなかったのだ。

だが長年の調査と丹念な行動分析の末、パキスタンの地方都市アボッターバードに潜伏していることが確認され、先述の作戦によって暗殺が果たされたのである。

アフガニスタン侵攻で取り逃がしてしまったビンラディンの所在を突き止めるまでの10年とその暗殺作戦を描く

徹底したリアリティの追及で映像化されたオサマ・ビンラディン暗殺作戦

2012年に公開された本作『ゼロ・ダーク・サーティ』は、当事者たちの証言に基づき、ビンラディンの所在を突き止めるための10年間にわたる調査過程と、この歴史的な作戦行動の一部始終を映画化したものだ。なかでも追跡に専念した女性関係者がいたことにフォーカスを定め、主人公にジェシカ・チャステイン演じるCIAアナリストのマヤを設定し、性別を越境した執念の任務遂行と、その背後にあった葛藤や犠牲を捉えている。

監督を務めたのは、イラク戦争の米爆弾処理班を描いた『ハート・ロッカー』(2008年)で、女性初となる米アカデミー賞監督賞を獲たキャスリン・ビグロー。男女差を感じさせない骨太な題材と演出で、過去には『ハートブルー』(1991年)や『ストレンジ・デイズ 1999年12月31日』(1995年)など異色のアクション作品を発表してきた。そんな彼女が戦いの最前線に身を置く者のメンタリティに迫った『ハート・ロッカー』でのアプローチを本作に活かし、見事に成立させたのだ。

追跡に専念した女性関係者がいた事実にフォーカスし、CIAアナリストのマヤを主人公として設定

とりわけビグローが『ゼロ・ダーク・サーティ』で目指したのは、当時情報が曖昧に伝わっていたビンラディン暗殺の正確な経緯を、映画を通して知ってもらうことにあった。そのため作品は真実に近づくべく、徹底したリアリティが貫かれている。脚本はあらゆる一次資料に基づきながら、テロ対策に関わる軍関係者やエージェントからのサジェストを受けて完成へと導いた。

また、施設襲撃のパートはオンタイムで状況を進行させる演出がなされ、シールズより訓練を受けた俳優たちが、当時の作戦行動を可能な限り再現している。プロダクションデザインはヨルダンに実在の施設を模したセットを建造し、映像面も暗視ゴーグル越しのショットや暗闇に銃撃の閃光だけを光源とするショットを展開させるなど、映画としての観やすさを放棄してまで真に迫ったものにしている。

俳優たちがシールズによる訓練を受けるなどリアリティが追求された

主人公の視点を通してテロと戦う危険性とその意味について問いかける

そうした作りながらもこの映画は、史実を理解するためだけの、味気ない教科書にはなっていない。ビンラディンへの接近の鍵となる人物を長年にわたり追い続け、中枢へと迫っていくスリリングな駆け引きが全編において展開され、その緊張感は極上のサスペンスを標榜するものだ。アルカイダの容赦ない攻撃が捜査関係者を襲い、いつマヤが標的にされるのか―。こうした要素も容赦なく、観る者を戦慄させていく。

終わりなきテロとの戦いについて考えさせられる

そして何より、任務を国家のためではなく、自分のためのものとして位置づけていくマヤの姿は、冷静な本作の語り口において、エモーショナルに観る者の感情を揺さぶっていく。

「今まで大勢の同僚が死んでいった。だから生きている私が決着をつけるの」。

映画は最後、史実どおり目的を達成して終わるが、そこで見せるマヤの表情は、任務の全うから得られる満足感や、使命を遂げた解放とも異なる、自分が成したことへの疑心を漂わせている。それはアルカイダ側捕虜への拷問に始まる、本作の冒頭に我々の意識を戻らせ、終わりなきテロ戦争の、いったい何が正義なのかを考えさせるのだ。

文=尾崎一男

尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
ゼロ・ダーク・サーティ
放送日時:2023年12月2日(土)8:30~、27日(水)10:45~
チャンネル:WOWOWプラス 映画・ドラマ・スポーツ・音楽

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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