辻村深月によるベストセラー小説を、原恵一監督が劇場アニメ化した『かがみの孤城』

7人の中学生が迷い込む『かがみの孤城』とは?
自身や他者との向き合い方をトレーニングする空間

岩井勇気

2023/07/31 公開

様々なアニメ作品に精通しているハライチの岩井勇気さんが、「大人にこそ観てほしいアニメ作品」を紹介するこの企画。今回の『かがみの孤城』(2022年)は、小説家・辻村深月の最高傑作とも評され、2018年の本屋大賞など9冠に輝いたベストセラー小説の劇場アニメ化作品。主人公のこころの声を1000人から選ばれた當真あみが担当したほか、北村匠海、宮﨑あおい、声優の梶裕貴や高山みなみら実力派が声を担当。監督は『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001年)、『河童のクゥと夏休み』(2007年)などを手掛ける原恵一、アニメーション制作は『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2013年)、『心が叫びたがってるんだ。』(2015年)などのA-1 Pictures。「上べではない向き合い方に惹かれた」と振り返る岩井さんが、等身大の中学生であるキャラクターたちの心情にスポットを当て、本作の魅力について語る。

形だけの解決策を提示するのではなく、逃げ場や選択肢を設ける大切さを伝える

主人公・こころをはじめとした7人の子どもたちは、それぞれイジメや家庭内暴力など大変な状況に置かれていて、孤城に隠されたどんな願いも叶えてくれる鍵を探すミステリーと並行しながら、こころの周辺がイジメにどう対処していくかも描かれます。でも結局、イジメ問題は解決されないまま終わるんです。そこが逆に良くて、より現実味を感じました。イジメっていじめた側が謝ったらそれでおしまいじゃないし、映画ではこころをいじめた子が先生の手前謝ったフリをした手紙を送って、余計にこころを傷つけるシーンもあって。そういうことって実際に結構ありますよね。

解決するでも立ち向かうわけでもなく、逃げ道とか選択肢を提示して、学校生活だけが人生の大事なところではないと思わせてあげる。イジメの解決よりも周りの対応に重きを置いたところは、様々なイジメを題材にした作品があるなかで、とても現実的な解決方法の描き方だった気がします。

そんなこころを取り巻く大人たちのシーンで印象に残っているのが、こころと彼女の母親(声:麻生久美子)が、フリースクールの喜多嶋先生(声:宮﨑)と3人で、フードコートみたいなところで食事をしながらしゃべるシーンです。ああいう場が、きっと大事なんだろうと思いました。映画の冒頭で、母親がこころの不登校にうんざりしている様子もありましたけど、イジメの事実を知ってからはすごくこころと向き合っていて、喜多嶋先生と一緒に、こころにストレスがかからないような状況を作ってあげていた。こころを一人の人間として尊重し、寄り添ってあげている感じがして、好きなシーンです。子どもと言えど、中学生は意外と大人ですから。この作品を観ても、それがわかります。

「なるほどな」と思ったのは、イジメなどによって実生活が上手くいっていない子たちが集められたのに、働きアリの中でサボる奴を排除してもまたサボる奴が生まれてしまう理論と同じで、孤城の7人の中でもある種の力関係ができてしまうところです。ウレシノ(声:梶)はマイペースで、人の気持ちを本当に考えているのかわからなくて。彼が学校でハブられていたのはそういうところもあるんだろうなと思うのですが、そのような自分の嫌な部分に気づくことで、初めて他者のことも受け止めてあげられるようになる。7人が孤城での一年を通して、相手の気持ちを考えられるようになったのは、すごく良かったところです。

学校や家庭にトラブルを抱えた中学生7人が謎の孤城に集められる

こころたちが成長する過程を何度も観返したくなる

共存するということは、相手の嫌な部分をどう認めていくか、折衷案を作る作業です。各々が自分の内面と向き合うことで、自分というものが浮き彫りになる。そういう形での解決策を、この映画は見出している気がしました。きっと本作における孤城は7人にとって、自分の嫌な部分と向き合うきっかけになる場所であり、痛みを共有できる友達がいる逃げ場所であり、コミュニケーションを学ぶ訓練所だったのだと思います。

そうしたストーリーの雰囲気に一役買っていたのが、アニメーションの色使いです。派手な原色などどぎつい色は使っておらず、しっとりとして湿度が高く見える。原作を読んではいませんが、きっとこういう雰囲気なのかなというのが伝わってきました。また、ストーリーが展開していくうえでのカラクリもしっかりあったのに、それをすごく控えめに描いていたのも好印象です。真実を明らかにする時、「実はこうでした!」と煽るようなことはせず、終わる直前にさらっと触れるくらい。でもそれによって、キャラクターたちの心情とちゃんと向き合うことができました。

孤城で日々を過ごすことで、自身や他者と向き合うトレーニングをしていくこころたち

この作品は2回3回と言わず、もっと何度でも観てほしいです。最初に孤城に来た時の7人と、最後に孤城を出る時の7人では、考え方や表情だけでなく人間性までも違っています。もう1回観れば、「最初はこの子、こういう子だった」というふうに改めて気づけて、「なんでこんなこと言っちゃうのかな」とか「なんでこういう態度を取るんだろう」と、キャラクターの気持ちを考えながら観ることができます。真実を知ってからだと視点が変わるし、誰に注目して観るかで捉え方も変わる。観る回数を重ねることによって、得られる感動や感想が変わる作品じゃないでしょうか。

取材・文=榑林史章

岩井勇気●1986年生まれ。幼稚園からの幼なじみである澤部佑とのお笑いコンビ「ハライチ」として活躍。初のエッセイ集「僕の人生には事件が起きない」が17刷り重版中。放送されるアニメ作品はすべてチェックし、テレビ朝日で放送中の「まんが未知」など、漫画やアニメに関する番組でもMCを務める。

<放送情報>
かがみの孤城
放送日時:2023年8月5日(土)20:00~、13日(日)12:00~、28日(月)16:00~
チャンネル:WOWOWシネマ

かがみの孤城
放送日時:2023年8月6日(日)11:30~、8日(火)20:00~
チャンネル:WOWOWプライム

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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