第44回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール、監督賞、男優賞を受賞したコーエン兄弟監督作『バートン・フィンク』

コーエン兄弟の名を轟かせた『バートン・フィンク』!
創造に苦しむ芸術家を軸に犯罪スリラーを描く複雑さとは?

2023/05/01 公開

1941年、ニューヨークの劇作家バートン・フィンク(ジョン・タトゥーロ)は、映画の仕事をするためにロサンゼルスへと招かれた。彼が受けた依頼は、大手スタジオが製作するレスリング映画の脚本を書き上げること。オーナーのジャック(マイケル・ラーナー)と会って檄を飛ばされたバートンは、小さなホテルにチェックインし、タイプライターを叩き始める。

ところが、イントロ部分を数行ほど打ち込んだあたりで、彼の作業の手は完全に止まってしまう。過去に手掛けたこともないジャンルに加え、しかもプロレタリア志向の戯曲を過半とする自身の創作とは勝手が違う。そのため執筆の糸口が掴めないのだ。

おまけに壁を通じて聞こえてくる宿泊客の声が、ノイズとなって彼の創作意欲を妨げていく。極度のスランプに陥ったバートンは、焦れば焦るほど深みにハマる創作の泥沼へと沈んでいく……。

レスリング映画の脚本を依頼された劇作家のバートン・フィンクが極度のスランプに陥る

極度のスランプに陥った劇作家が直面する苦悩を描く心理ドラマ

1991年に公開された映画『バートン・フィンク』は、兄弟コンビ監督の先駆けともいえる、ジョエル&イーサン・コーエンの名を飛躍的にポピュラーにした作品だ。1991年のカンヌ国際映画祭において、本作はパルム・ドール、監督賞、ならびに男優賞を受賞。歴史ある同映画祭で、一つの作品が主要三冠を制したケースは過去になく、2人の存在を映画史に深く刻みつけた。そして彼らが誘拐殺人を悲喜こもごもに捉えた『ファーゴ』(1996年)や、報復の断ち切れぬ連鎖を描いて米アカデミー作品賞を獲た『ノーカントリー』(2007年)へと延伸していく、犯罪スリラーの中期傑作として誉れが高い。

とはいえ、この映画において主体となるのは、前述したように芸術家が創造の苦しみに直面していく心理ドラマだ。そんな主人公バートン・フィンクの気持ちを理解するのは、隣室に長く逗留していた保険セールスマンのチャーリー・メドウズ(ジョン・グッドマン)。ハリウッドの映画人では分かち合えない孤独の感情を、社交性と愛嬌を併せ持つ彼だけが受け止めてくれるのだ。だが、距離を縮めながらも決して自室には立ち入らせない、そんなチャーリーの見え隠れする不穏な素行が明らかになるにつれ、バートンの感情はさらなる混乱へと導かれていく。

そして物語は、バートンが救いを求めて自室に招いた著名脚本家のゴーストライター(ジュディ・デイビス)が何者かに殺害され、チャーリーの尽力で証拠隠滅を図る展開へと転調し、そこから加速をつけてサスペンスとしての性質を剥き出しにしていく。こうしたジャンルをまたぐような語り口も、この映画の哲学性や価値をいっそう高めるのに寄与している。それが起因してか、この作品の解釈は非常に多義的で、評論家によるレビューの切り口はまちまちだ。映画全体を支配する暗い空間表現や底知れぬ雰囲気が、太平洋戦争を目前とした時代の空気を象徴していると指摘する者もいれば、産業として黄金期を迎えていたハリウッドの、個人を顧みない強権体質を皮肉っているという考察も散見できる。

著名小説家のゴーストライターをしている女性に助けを求めるバートンだったが…

得体の知れないチャーリーを演じる名優ジョン・グッドマンの二面性

だがコーエン兄弟自身は、本作において芸術家の苦悩も、ましてやハリウッドの中央集権に対する言及も第一義ではないとしている。この物語の軸はあくまでバートンとチャーリーの接触のもとで進行していくストーリーであり、後者が働き者の皮をかぶった連続殺人鬼であった時の、バートンの心の動揺こそが重要だとインタビューなどで明らかにしているのだ。

それを切り口として観た場合、チャーリーの得体の知れない人物像は圧倒的で不気味きわまりない。殺人行為に秩序立った傾向は見られず、バートンに対する親切心が同情からくるものなのか、あるいは孤独を有する者同士の共鳴を発露とするものなのか不明瞭だ。本作のフラックコメディ的な要素を象徴する存在にしてはいささかダークすぎ、演じるジョン・グッドマンの二面的な演技もよりいっそう、このキャラクターの脅威性に拍車をかける。とにかく映画を撹乱するトリックスターとして申し分がない。

バートンを励ましてくれる隣室の男、チャーリーの正体とは?

「オレは罠にハマって身動きが取れない連中を解放してやっているのさ」と、炎に巻かれたホテルルームを背にチャーリーは自らの殺人行為を正当化する。それは創作という罠にハマっていたバートンに対する、彼なりの解放だったのかもしれない。もっとも、最後にチャーリーがバートンに託した箱の中に何が入っていたのかを想像すると、あまり美談めいた解釈に着地することはできないのだが。

文=尾崎一男

尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
バートン・フィンク
放送日時:2023年5月25日(木)1:15~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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