今や多くの映画やドラマで活躍する筒井道隆のデビュー作となった『バタアシ金魚』

「野蛮」なエネルギーがほとばしる
パワフルでノスタルジックな『バタアシ金魚』

2023/10/30 公開

売れっ子俳優&監督の記念すべき1作

水泳部に所属する高校生たちが繰り広げる暑いひと夏の物語……そんなありきたりの言い方では到底収まりきらないほど、「野蛮」なエネルギーが画面いっぱいにほとばしる異色の青春ムービー『バタアシ金魚』(1990年)。公開当時も大きな評判を呼んだだけでなく、30年以上経った今なお伝説的な作品として語り継がれている理由の一つは、コミック原作者、監督、俳優など、この映画を作り上げ、現在も活躍している面々にとって、それぞれのキャリアにおける記念すべきデビュー作であったことである。

『ドラゴンヘッド』(2003年)の望月峯太郎による原作コミックを、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007年)やドラマ・映画の「深夜食堂」シリーズを手掛ける松岡錠司監督が映画化。主演はオーディションで800人の中から選ばれた筒井道隆。当時、20代、10代の若者だった彼らのエネルギッシュなパワーなくして成立しなかった作品だ。

物語の主人公は、高校1年生の少年・花井カオル(筒井)。ある日の放課後、学校のプールサイドにいた水着姿のソノコ(高岡早紀)にひと目惚れした彼は、水泳が苦手にもかかわらず、翌日からソノコと同じ水泳部に入部する。ソノコの迷惑も顧みず、一方的かつ強引なアタックを開始したカオルは、なんとかして彼女に自分という男を認めさせるため、オリンピック出場を目指すことを決意。元メダリストの水泳選手だというババア(白川和子)の家に居候しながら、水泳の猛特訓を始めるのだが……。

原作者の望月峯太郎は1984年、20歳の時に「週刊ヤングマガジン」が主催する第11回ちばてつや賞で優秀新人賞を受賞。翌1985年から同誌に「バタアシ金魚」の連載を開始して、鮮烈なデビューを飾った。独特なタッチの画風とギャグ、主人公カオルのあまりにもハチャメチャなキャラクターは多くの読者を魅了。圧倒的な支持を獲得しながら、1988年まで連載を続け、単行本全6巻で完結した。ちなみに「バタアシ金魚」の続編となる、大学生~社会人になったカオルとソノコを描いた「お茶の間」も実写ドラマ化されている。

この原作コミックを映画化した松岡錠司は、高校在学中に製作した映画が1981年の第4回ぴあフィルム・フェスティバルで入賞した後、数々の自主映画を監督。『バタアシ金魚』は当時、アマチュア映画界の注目株だった彼の劇場用長編映画の第1回監督作であり、本作で第15回報知映画賞や第33回ブルーリボン賞などの新人賞を受賞している。

脚本を手掛けたのも松岡自身で、キャラクターの性格や設定、物語の大筋は原作に沿いながら、台詞や様々なエピソード、クライマックスシーンまで、ほぼ映画オリジナルのものになっているのが大きな特徴。人気コミックが原作とはいえ、単に忠実に映画化するのではなく、自分の映画にするんだ!という映画作家としての気概が感じられる。

ひと目惚れしたヒロインのため、苦手な水泳に取り組む主人公カオルの姿はまさに青春!

主人公のカオルを演じた筒井は、痩せっぽちの体型も含めて原作そっくりのビジュアル。演技初挑戦ながら、思い込みが激しくて、自己中心的で、衝動的で、見栄っぱりで、かなりクレイジーなところのある熱血マイペース少年を鮮やかに体現した。

10歳の時に東京~名古屋間のサイクリング一人旅を経験したというエピソードもオーディションでの抜擢の決め手になっただけあって、カオルが大声で叫びながら自転車をこいだり、早朝にバイクを飛ばしたりするシーンは乗り物・身体・感情が自然と三位一体になっているような印象で、観ていて清々しい。彼はこのデビュー作で、第64回キネマ旬報新人男優賞や第14回日本アカデミー新人俳優賞を受賞した。

カオルに愛され、しつこく追い回されて、イラ立ちの日々を送る不運なヒロイン、ソノコ役には当時、俳優デビューして間もない高岡早紀。原作のソノコがショートカットで、わりと中性的なルックスだったのに対し、映画版のソノコはロングヘアでグラマラス。競泳用の水着を身に着けた彼女の立ち姿には、カオルがひと目惚れするのも無理はないと思える、颯爽としたインパクトがある。

また、ライバル校である牛川工業高校水泳部のウシこと牛若丸役で、1989年夏の撮影時はまだ15歳だった浅野忠信が出演しているのも見どころの一つ。現在では筒井と変わらぬ高身長の浅野だが、当時は自分よりだいぶ大きなカオルを見上げながら、高い声で威勢よくタンカをきる姿は、かわいらしくてほっこりする。

公開当時ならではの描写や表現にノスタルジーを感じる

恋愛において精神的なものを重視する主人公

夏休みに水泳部のイベントとして、部員たちが河原でキャンプファイヤーをするオリジナルのシーンはまぶしい青春の一コマ。キャーキャー言いながら手持ち花火を楽しんだり、みんなで爆風スランプの「RUNNER」の替え歌を合唱したり……不良でもなんでもない普通の高校生たちが大量の缶ビールを飲みまくり、酔いつぶれる姿も時代を感じさせる。

お酒やタバコが当たり前のように出てくるのに、いわゆる直接的な性的描写はない。この点は原作も同じで、野蛮に見えて、純情で一途なカオルは、恋愛において精神的なものをかなり重視している。とはいえ、思春期の高校生男女であれば、性とまったく無縁ではいられないわけで、おそらく意識下には性的なものが存在しているはずだ。

そうした「性」の映像的なメタファーとして描かれるのが、カオルに対する自分の気持ちに混乱したソノコが過食症になり、別人のように太ってしまうシーンや、クライマックスとなるプールでのカオルとソノコの激しい乱闘シーン、そしてカオルとソノコが制服姿のままプールに飛び込むラストシーンである。夜中に冷蔵庫を開けて、大きなソーセージをむしゃむしゃ食べるソノコの姿には鬼気迫るものがあるし、プールでカオルとソノコがもみ合いになった時、男女の力の圧倒的な差を見せつけられるかのように、カオルがソノコの頭をつかんで、何度も何度も突き飛ばしていく様子には胸が苦しくなる。

青春って、人を好きになるって、本当はなんて残酷で、痛々しくて、かっこ悪いものなんだろう。キラキラだけじゃない、青春期の恋愛の苦しさをスクリーンに焼きつけた『バタアシ金魚』は、甘酸っぱい直球ラブストーリーであると同時に、きわめて観念的なドラマでもある。動物的な本能や感性に突き動かされ、必死になって、泣いたり笑ったりしている登場人物たちは、今見ると妙に懐かしく、そしてやっぱり変わらずにまぶしい。

文=石塚圭子

石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、様々な世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。

<放送情報>
バタアシ金魚
放送日時:2023年11月6日(月)19:15~
チャンネル:WOWOWシネマ

放送日時:2023年11月12日(日)7:15~
チャンネル:WOWOWプライム

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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