元山岳部の男女が、高所で必死のサバイバルに挑む『EXIT』

上昇する有毒ガスから逃げ続けろ!
パニック・アクションの中に韓国の今が見える『EXIT』

2022/10/31 公開

スピーディかつコミカルな部分も。「見る楽しみ」にあふれた作品

インターネットを通じてほぼリアルタイムで外国からの情報を得ることができるようになってからも、映画ばかりは実際にこの目で見るまで、そのおもしろさを体感することは難しい。「韓国映画100周年」という記念の年である2019年7月に封切られ、韓国で943万人以上の観客を集める大ヒットとなった『EXIT』も、ストーリーや解説だけでは伝わりきらない「見る楽しみ」にあふれた作品だ。

公務員試験に落ち、家族からの冷たい視線の中で、肩身の狭い毎日を送っているヨンナム(チョ・ジョンソク)。母の古希を祝う宴会場で、副店長として働く大学の山岳部の後輩ウィジュ(ユナ)と再会し密かに喜びを爆発させるが、パーティーが終わる頃になると、街に人体に有害なガスが大量に散布され、人々がパニック状態に陥っていることに気づく。家族や親戚を安全な屋上に避難させようとしたものの、扉に鍵がかかっていることに気づいたヨンナムは、卒業後も鍛え続けてきたクライミングの技を駆使してビルの壁を登ることを決意する。

今作で長編デビューを果たしたイ・サングン監督が、2013年から企画を進めていたという『EXIT』。当初は低予算の作品として構想していたが、師匠である『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021年)のリュ・スンワン監督がプロデューサーとして加わり、規模の大きなディザスタームービーとして完成した。といっても、構成はいたってシンプルで、家族や親戚が救助された後で、屋上に取り残されたヨンナムとウィジュが生存を懸けてひたすらガスから逃げる様子が、スピーディかつコミカルに描かれていく。

家族の中で肩身の狭い思いをしていた無職のヨンナムだが、極限下に思わぬ活躍を見せる

ネット経由でこの映画の大ヒットのニュースに接し、「いったいどんなアクション大作なんだろう?」と想像を膨らませた後に観た今作の第一印象は「めちゃくちゃ潔い映画だ!」というもの。化学企業の内紛が原因で、無差別テロを起こした研究者の動機や背景の説明は最低限に抑えられ、ただひたすら、2人のサバイバルに集中する。定職にも就かず(就けず)、高齢者と子どもばかりの公園で黙々と体を鍛え、甥っ子にも蔑みの視線で見られていたヨンナムが、危機と直面することで、周りの期待を一身に集めるヒーローばりの活躍をしていく姿が清々しい。といっても、人間離れした能力を発揮するわけではなく、あくまでも、「経験値の高いクライマー」としての技と、ゴミ袋や地下鉄の駅に置かれている防毒マスク、ゴム手袋、包装用テープなどを利用して作った装備を駆使してピンチを乗り越えていくというところも、親近感にあふれている。次々に襲う難関をクリアしていく姿は、まるでスポーツ・エンターテインメント番組「SASUKE」を見ているようでもある。

ヨンナムの家族と、ウィジュたちが一体となって奮闘

さらに、そんなドキドキの展開の中に「韓国の今」がきちんと描かれているところも、この作品が広く支持を集めた理由だろう。映画の前半で、スマホに届いた地震速報を見たヨンナムの友人がつぶやく「(たとえ、今ここに地震が起きていなくても)俺たちの現在こそが災難なんだ」というセリフに象徴されるように、ヨンナムやウィジュに代表される韓国の若者たちは、就職難や家賃の高騰といった問題に押しつぶされそうになりながら、毎日を送っている。社会における自分自身の価値をなかなか認めることのできない彼ら彼女らが、極限の状況の中で思いがけない能力を発揮する姿に思わず声援を送ってしまうのは、日本に住む私たちも同じだ。イ・サングン監督も「(ヨンナムたちが)生存のために走る姿が凄絶で崇高で美しかった」と語っている。

主人公たちの不屈の精神と他人への思いやりに励まされる

また、身近にあるものを工夫して使いながら最後まで決してあきらめない彼らの姿には、2014年に起きたセウォル号事故の記憶が重なる。もともとは、「夜遅くまで建物の中に残っているのは誰だろう?」という想像から、「ヨンナムたちが逃走の途中で高校生たちと出会う」という設定が生まれたということだが、その際にヨンナムとウィジュが見せる決断には、あの日、高校生たちを助けることができなかった韓国の大人たちの苦渋と願いが込められているように感じられた。映画の前半部から何度も繰り返されるスマホによるモールス信号も、絶対に「黙って助けを待っているだけではだめだ」という、作り手の意思だろう。

救助ヘリに乗れなかった2人は、自分たちの力のみで危機に立ち向かっていく

そして、もちろん、たった2人で映画を牽引し続ける主演のチョ・ジョンソクとユナという2人の魅力も、忘れることはできない。『建築学概論』(2012年)で見せた文字通りのシーンスティーラーぶりで映画ファンを驚かせて以降、人間味のある演技でコメディの名手として不動の地位を築いたチョ・ジョンソク。ドラマ「賢い医師生活」シリーズでもおなじみの彼が見せる絶妙なユーモアによって、緊張感の中に無理のない笑いを生み出すことに成功している。一方、『コンフィデンシャル/共助』(2017年)以降、こちらもコメディエンヌとしての才能に磨きがかかっているユナも、気が強いように見えて所々で泣きべそをかいたりもするウィジュを、チャーミングに見せている。トップアイドルグループ「少女時代」の一員として鍛えた運動神経も存分に発揮している。

ウィジュ役を、女優としての躍進ぶりも目覚ましいユナが好演

息もつかせぬパニック・アクションの中に韓国の今が見える『EXIT』。主人公たちが見せる不屈の精神と、自分よりも他人を大事にしようとする態度は、見るたびに私たちを励ましてくれる。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニムズ・ジェンダーから読む」(青弓社)がある。

<放送情報>
EXIT
放送日時:2022年11月14日(月)23:30~、24日(木)19:00~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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