近未来を舞台に、傷心の男性と女性の人格を有したAIとの恋を描く『her/世界でひとつの彼女』

AIとの恋愛は成立するのか!?
『her/世界でひとつの彼女』で描かれる普遍的な“愛する気持ち”

2023/02/27 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第24回に登場するのは『her/世界でひとつの彼女』(2013年)。近未来のロサンゼルスを舞台に、女性の人格を有した人工知能型オペレーティング・システム(OS)に恋心を抱いた、傷心の男を描くラブストーリー。『マルコヴィッチの穴』(1999年)、『アダプテーション』(2002年)のスパイク・ジョーンズが監督、怪優ホアキン・フェニックスが主演を務めた第86回アカデミー賞脚本賞受賞作だ。

依頼人の代わりに思いを伝える手紙を書く代筆ライターのセオドア(フェニックス)は、離婚調停中の妻キャサリン(ルーニー・マーラ)との思い出に浸り、傷心の日々を送っていた。そんなある日、最新の人工知能型OSの広告を見て興味を持った彼は、さっそく自身のPCに取り込むことにする。ダウンロード後、画面から聞こえてきたのはユーモラスでセクシー、知的さも感じられる女性の声だった。サマンサ(声:スカーレット・ヨハンソン)と名乗るそのOSにセオドアは心惹かれ、やがて「彼女」と過ごす時間に幸せを感じるようになってゆく。

妻との別れを引きずり、恋愛に前向きになれなかったセオドアの前にサマンサという名のAIが現れる

あながち空想の物語でもない?実体を持たないAIとの恋愛

松崎「2010年代を象徴するラブストーリーという印象があります。スパイク・ジョーンズ監督はデビュー当初はエッジの効いた作品を撮っていたので、そう考えると本作の主張やテーマは特別新しいことではないけれど、このストーリーが成立するのは2010年代に入らないと難しかったと思うんです。そういう意味で、2010年代の象徴と強く感じるのかなと」

小川「最初に観た時、AIとの恋愛がまったく想像できないものではないなと思ったものの、実体のない相手との恋愛関係が映像として成り立つことには衝撃を受けました」

松崎「人ならざるものとの恋はこれまでもたくさん描かれてきたし、それこそサイレント映画時代からあったテーマです」

小川「でも、それは人間が演じていますよね」

松崎「そうなんです。人間が恋に落ちるロボットは、人間の形をしたヒューマノイドに近いのが普通でした。電話越しの見えない相手と恋に落ちる話はあったけれど、今回のように実体がないとわかっていながら恋に落ちるという筋立てが『効果的』に描かれたのは初めてだったような気がします。主人公のセオドアは優しい男だとは思うけれど、相手にこうあってほしいという理想を求めがちなタイプ。でも、人間もAIも変化や成長をするので、そのあたりの捉え方でズレが生じ始め、うまくいかなくなってしまうのかな」

小川「特に長く続くような人間関係において、変化は避けられないものですよね。セオドアは相手の変化についていけないと感じてその気持ちを表現するのではなく、殻にこもってしまったんだなと思いました。そして、そのことが相手も傷つけてしまうのかなと。ただ、関係性が変わったことから生じるすれ違いがストーリーの主軸ではなく、傷ついた人間が誰かとつながりたいという気持ちで再生していくような、優しい物語になっているという印象です」

松崎「たしかに。優しさを感じさせてくれて、救いがない話ではなかったのもよかったですね」

小川「好意を抱いている相手から気持ち悪いと否定されたり拒絶されたりしたくない、という気持ちは多かれ少なかれみんな持っていると思うんですけど、そういった感情を弱いとか格好悪いと隠すんじゃなくて、受け止めて開いていくような方向性ですよね」

松崎「セオドア自身も、元奥さん、そしてサマンサとの関係性を通じて自分の至らないところに気づいたわけで。今後もまた同じことを繰り返すかもしれないけれど、現時点ではとりあえず成長したという終わり方になっていましたね。また、AIと付き合っていると公言するセオドアに対し、周りの友達が引かずに受け入れている描写には、近未来感があると思いました」

友人のエイミーをはじめ、AIに恋するセオドアを周囲は温かく見守ってくれる

小川「みんな、すんなりと受け入れていましたね(笑)。AIのサマンサに関して言えば、演じるスカーレット・ヨハンソンの声がとても魅力的で、声だけでもう十分な存在感がありましたよね。本人が登場しなくても、あれだけの印象を残せるってすごいなと」

松崎「ほかの映画でもヨハンソンのような声のAIはお目にかかったことないですね」

小川「世の中に興味津々で、ものすごく知性もユーモアもあって、セクシーで、重さやじめっとした感じが一切ない。クリエイティブで、イメージを即座に作曲して奏でてくれるのもロマンチックだし、つまらないジョークにも鋭くツッコミながら笑ってくれる。自分のかゆいところも突き放してほしいところもわかってくれるなんて、理想的な性格ですよね」

松崎「下ネタもOKですしね。AIだから相手(=セオドア)の話すことを受け入れて、愛してくれるのは当然と言えば当然ではあるのですが」

小川「サマンサの代理となるセックスサービスの女性とのぎこちないフィジカルな絡みよりも、ブラックアウトでお互いの声だけでロールプレイしているほうが魅力的に感じましたし、現代ならではのリアリティがあるなと。自分でOSをどんどんアップデートして同時に何百何千の人を相手に対話して…というサマンサのスタンスもかっこいいです」

サマンサとの出会いをきっかけに、生きる幸せを感じ始めるセオドア

スパイク・ジョーンズ自身の結婚生活が物語のベースに

松崎「この映画はジョーンズがソフィア・コッポラと結婚していた時の経験を反映しているとも言われていますよね。一方のコッポラもジョーンズとの結婚時の経験を『ロスト・イン・トランスレーション』として作品にしています。両作ともヨハンソンがキーマンになっているのは、映画ファンがおもしろく感じるポイントではないでしょうか」

小川「たしかに。私がおもしろいと思ったのは、近年のインターネットの発展もあって、出会いや恋愛はネットを入り口にするものという印象が年々強くなっているじゃないですか。簡単に誰かとつながれても、親密な関係を築くにはリスクと痛みを伴うから億劫にもなるし、インターネットという安全地帯に引きこもっていては孤独が募る、というちょっと先の未来の人間関係における課題のようなものが、2013年に製作されたこの作品の中ですでに示されている気がしました。ジョーンズ本人には、社会的にそれをあえて示したいとか、批判したいといった意図はないのでしょうけど」

松崎「社会的なメッセージはないかもしれないけれど、自分なりのメッセージは込めているでしょうね。人間の恋愛や感情の行き来という普遍的なものを描きたかったのではないでしょうか。そういうところも含めて、ジョーンズという作り手の巧さを感じる作品ですね。あと、やっぱりセオドア役のホアキン・フェニックスの素晴らしさですよね。ほとんど一人芝居なわけじゃないですか。本当に巧いですよね」

セオドア役のホアキン・フェニックスと元妻を演じたルーニー・マーラはのちに本当の夫婦に

小川「作品ごとに印象がまったく変わりますよね。表情も眼差しも。加えて、エイミー・アダムスにルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルドなど、セオドアと関わる女性を演じた俳優陣も素晴らしいです。特にワイルドは、短いシーンで知性のある魅力と、焦りと否定されることへの恐怖を繊細に表現していて、いい俳優だなと改めて思った記憶があります」

松崎「最近は監督としての才能も発揮していますしね。出番は多くないけれど、インパクトはすごくありました」

小川「フェニックスと元妻役のマーラが見せる、まだ恋愛の火が消えていない、古きよき時代への執着的な回想シーンもよかったです」

松崎「本作のあと、しばらくしてから交際が発覚して、いまは結婚して子どもも生まれましたが、付き合い出すまでに3年をかけたというのもどこか納得できるみずみずしさでした」

小川「素敵なカップルですよね。あと、セオドアの職業にも興味が湧きました。近未来という設定上、ライターの需要がなくなっていて、手紙の代筆業という人間にしかできない職業が生まれている。手紙を依頼人らしい文章にしていくのは、楽しそうな作業だなと思いました。あと、要らないメールを精査して削除してくれるAI機能は欲しいですね」

松崎「もうできていてもおかしくなさそうな機能だけど、まだないんだなと思いました」

小川「実際にあったらぜひ導入したいです」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
her/世界でひとつの彼女 [PG12]
放送日時:2023年3月5日(日)16:45~、24日(金)1:15~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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