ベトナム帰還兵を襲うおぞましい幻覚の真実に迫る『ジェイコブス・ラダー』

ベトナム帰還兵を襲うおぞましい幻覚の正体とは?
ホラー以上にスリリングなサイコスリラー『ジェイコブス・ラダー』

2024/01/29 公開

1975年、郵便局員のジェイコブ(ティム・ロビンス)はニューヨークの地下鉄車内で、夢にうなされて目を覚ました。彼が見た悪夢はベトナム戦争時代の忘れられない戦場体験で、所属する小隊が突然の襲撃を受け、仲間たちが次々と負傷していく瞬間だった。しかも彼らは敵の銃弾にさらされながら、痙攣や発作、錯乱を起こすなど異常な行動を示し、あまりの惨状にその場から逃げたジェイコブは、目に見えない襲撃者に銃剣で刺されてしまう。

地下鉄の車内で悪夢にうなされ、目を覚ました郵便局員のジェイコブ

おぞましい幻覚に襲われる主人公…。やがて彼はベトナムでの従軍体験に行き着く

1990年に公開された映画『ジェイコブス・ラダー』は、シェルショック(戦場ストレス)を抱えた帰還兵が、帰国を境に身も凍るような幻覚を見るようになり、その原因を追及していく陰謀スリラーだ。

ジェイコブが目にする幻覚は、とても現実とは思えぬ異形をなしていた。すれ違う人の体を這う触手や、頭部からこちらを覗き見る不気味な腫瘍に冒され、あるいは高速で頭を振動させる人物など、どれもがおぞましく、まるで怪物の棲む地獄の淵をさまよっているかのようである。しかもそんな自身の不安に追い打ちをかけるように、ジェイコブは謎の車に襲われるなど命の危険にさらされていく。はたして誰が、いったい何の目的で―?

やがてジェイコブは、先述の体験が自分だけにとどまらないことを知る。かつて同じ小隊にいた同兵の一人が似たような幻覚に悩まされ、その後いきなり原因不明の爆発事故に遭い、亡くなってしまったのだ。

もしや幻覚の起因は、自分たちの従軍に関係しているのではないか?ジェイコブは退役した仲間たちと共に真相を究明すべく行動を起こし、そして軍に雇われていたという科学者から、戦慄すべき事実を知らされる。人間の闘争本能を強化するという目的のもとに開発された、恐るべき実験薬のことを。

ベトナム戦争期に米軍兵士に使用されたという実験薬に物語の着想を得ている

ベトナム戦争における極秘実験、旧約聖書の一節が物語をひも解くカギに?

その薬は階段を転げ落ちるような勢いで効果を発揮することから「階段(ラダー)」と名付けられ、タイトルの『ジェイコブス・ラダー』は、そんな実験薬の極秘に踏み込んでいくジェイコブの受難を指したものだ。本作はベトナム戦争中、BZと呼ばれる無力化ガスが米兵に対して使用されたのではないかという疑惑が着想の基となっている、国防総省によってそれは否定されたというクレジットが劇中にて表示されるものの、国家主導によるグレーな医学実験は事例が報告されており、本作のサスペンス要素としておぞましく機能している。

しかしそれとは別に、この映画の存在を際立たせているのは、観る者の予想を覆すサプライズな結末にあるだろう。それは旧約聖書の創世記28章10‐12節に記されている、ヘブライの族長ヤコブが兄エサウから逃れる際、夢に登場した「天国」へと通じる階段。すなわち「ヤコブのはしご(ジェイコブス・ラダー)」のことだ。

なによりジェイコブの見る幻覚は、醜悪なものだけではなかった。彼はベトナム戦争に行く前に事故で亡くした、幼い息子ゲイブ(マコーレー・カルキン)の思い出も呼び起こされ、ジェイコブに心の安らぎを与えるかのように登場する。

こうした動向を受け、劇中、ジェイコブの数少ない理解者である主治医ルイス(ダニー・アイエロ)が、精神世界の指導者エックハルト・トールの言葉をもとに、この映画のトリックを解き明かすヒントを与えてくる。

すなわち、「あなたが『死』を恐れているのなら、悪魔があなたの人生を引き裂くだろう。だが、もしあなたが安らぎを得たのならば、悪魔は天使へと変わり、今の世界から『解放』してくれる」と。

また監督を務めたエイドリアン・ラインは、この映画がロベール・エンリコの手掛けた南北戦争アンソロジー『ふくろうの河』(1962年)の一編「アウル・クリーク橋での出来事」にインスパイアされたものだと証言。両作とも「邯鄲(かんたん)の夢」という、悠久に思われた出来事が一瞬の夢であったという中国の故事を共有しており、衝撃的なサプライズ演出を正当づけている。なによりもラインが『フラッシュダンス』(1983年)や『危険な情事』(1987年)で見せたハイセンスな視覚演出を余すところなく注ぎ込み、ホラー以上にスリリングな世界を創り出している。

旧約聖書や短編映画『ふくろうの河』などからもインスパイアを受けている

本作は30年以上前のクラシックであり、劇中に仕込まれた驚きも作品タイトルとイコールで周知されている感があるが、あくまで「事件」にフォーカスを定め、敢えてネタバレに配慮し、婉曲表現に努めてこの映画の魅力に迫ってみた。未見の人は、これで興味をそそられたのならばさいわいだ。

文=尾崎一男

尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
ジェイコブス・ラダー(1990)
放送日時:2024年2月7日(水)16:15~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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