人生に大切なことは、父と祖母から学べ
『ミナリ』で紡がれる大地に根付く処世術

韓国系アメリカ人監督の半生を描いた「移民の物語」

1980年代、ジェイコブは成功を夢見て、韓国からアメリカ、アーカンソー州の高原へ移住。家族に自分の成功する姿を見せようとやる気満々だが、妻のモニカは荒れた土地と住居の中古トレーラーハウスを見せられ不安な気持ちに。子供たちの姉アンと弟デビッドは新生活にはしゃぐものの、心臓に不安を抱えたデビッドがいざという時、近くに病院がないこともモニカの不安の種になっていた。

やがて、近所に住む変わり者のポール(ウィル・パットン)を開墾の手伝いに雇って人手は整うものの、周囲の水が枯れる一大事が起き、収穫した農作物はさっぱり売れなかった。難題が相次ぐ中、さらに不慮の事故が起きるが、新天地に根を張ったジェイコブは、ここで逃げだすわけにはいかなかった。

という物語が描かれる『ミナリ』(2020年)は、コロラド州デンバー生まれの韓国系アメリカ人、リー・アイザック・チョン監督が自身の半生を基に脚本を書いた作品。第36回サンダンス映画祭ではグランプリと観客賞を同時受賞。移民を描いた映画は、フロンティア精神から成り立つアメリカでは広く受け入れられやすいと言えるかもしれない。

孫もびっくり！自由気ままなおばあちゃん、「ミナリ」の教え

本作は、「成功を夢見る一家の苦労話というより、家族の愛の物語」だと監督は言うが、誰もが共感できる普遍的な物語であるとも言えるだろう。劇中、デビッドが見つめるのは、大地と闘い作物を育てる父の頼もしい姿であり、同時に、大地に寄り添って生きることを教える祖母スンジャの姿もまた幼い心に焼き付く。

スンジャが娘夫婦に代わり孫たちの面倒を見るため新天地にやって来た時、デビッドはとんでもないいたずらを仕掛ける。ところが、かわいい孫のいたずらを気にも留めないおばあちゃんは、字は書けないけど花札に夢中。自由奔放な姿に、むしろ孫のほうが驚かされた。

そんな自由人のおばあちゃんは、韓国から持参したミナリ(セリ)の種を蒔いた。水辺に蒔けばどこでも芽を出し茂るミナリは大地にたくましく根を張り、初摘みより２度目の収穫のほうがおいしいとされる。これが「子供のために、親の世代が頑張る」という例えにつながり、ミナリが愛される理由になっているそう。このミナリを通した教えが孫の心に響くのだ。

監督が唱える人生のアプローチと、それを受け止めた制作陣

監督がジェイコブの姿に重ねた「大地と精いっぱい闘って作物を育てる」ということ、祖母がミナリで例えた「置かれた環境の中で育ちやすいものを育てる」ということは、どちらも人生におけるアプローチでも大切であり、この映画を作る上での根幹になった、というようなことを監督は話している。無理をせず状況を受け止めて、何があってもめげずに立ち上がる。その潔さ、頼もしさでアメリカ映画界に進出したチョン監督は、サンダンス映画祭で大成功をおさめた。

そんな本作の製作をアシストしたのは、尖った作品を放ち続けるスタジオ「Ａ24」と、ブラッド・ピットが代表に名を連ねるスタジオ「PLAN Ｂ」(スタッフとしては同スタジオのデデ・ガードナーがクレジットされている）。「A24」とブラッド・ピットは、伊坂幸太郎原作『ブレット・トレイン』をピット主演で製作。確かにこの作品も尖っている。

その上で「PLAN B」の製作手腕は評価に値する。ピットが製作と出演を兼ね、黒人奴隷の半生を描いた『それでも夜は開ける』(2013年)はアカデミー賞作品賞などに輝き、本作も祖母を演じた韓国の人気女優ユン・ヨジョがアカデミー賞助演女優賞を受賞するなど評価が高い。人種の垣根を飛び越えた題材を製作し、着実に評価されるスタジオの活動はこれからも楽しみだ。アカデミー賞の授賞式では、ピットがプレゼンターに登場。ユンにオスカー像を手渡し、大喜びさせていたのが楽しい見ものだった。

文＝渡辺祥子

渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス＆ミステリー。最近見たオールトラリア映画『渇きと偽り』は、世界的ベストセラーの原作にふさわしく、上質のクライム・サスペンスになっている。日本経済新聞、週刊朝日、VOGUEなどで映画評を執筆。「NHKジャーナル」(NHKラジオ第1)に月１回出演。

＜放送情報＞
ミナリ
放送日時：2022年9月24日(土)21:00～、30日(金)21:00～

（吹）ミナリ
放送日時：2022年9月30日(金)9:15～
チャンネル：ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります